ストレンジ・フューチャー 「怖がらなくたっていいんだぜ?」 金色の髪、頬の模様、左右で違う瞳の色。 「大丈夫だよ、ほら、ちゃんと触れるんだ。シャーク」 そう呼ぶ声さえ今までとはまるで違うものに聞こえて、しかし凌牙は後ずさらない、決して引かない、微動だにしない。 ただしそれは受容できているという意味ではなかった。肌は拒否でもするかのようにピリピリと鳥肌立ち痺れていた。鼓膜に響く声も、電気質の、空気を振動以外のなにかで震わせるような、まるで耳の奥の蝸牛が引きずり出され声の中に晒されているかのような、そうだまるで頭の中に直接言葉が響いているかのようだ。 笑っている。空気が。声が。目の前のそいつが。 「シャーク」 そいつは親しげに自分を呼ぶ。手が伸びる。それは人肌の色をしているが、本当に人間の手だろうか。お前の。 「……っ」 喉がつかえる。名前が呼べない。 遊馬、と呼ぶことができない。 だって目の前の存在が遊馬なのかどうか凌牙には分からないのだ。似ている、面影がある、あの瞳は見たことがある。しかしもう片方の瞳は? あの頬の模様は? 金色の髪は? ピリピリと肌を刺激するこの空気は一体なんなのだ。 なのに、なんの遠慮もなく躊躇いもなく指先は頬に触れる。 熱い。 それとも冷たいのだろうか。強い刺激が頬から脳まで恐ろしいほどのスピードで駆け抜けて、心臓が止まりそうだった。しかし目の前のそいつは屈託無く笑う。 「すっげー変な顔」 変な顔、ですんでいるのか? オレはお前を恐怖していないだろうか、拒絶していないだろうか。オレの肌はこんなにも混乱しているのに、脳はもう真っ白に、いや目の前のこの光で金色に塗りつぶされそうなのに。 「っ……」 引き攣る喉で息をする。 名前を呼ぶんだ。そうすれば分かる。目の前の存在がなんなのか。孤独であったはずのあの時鬱陶しいほど自分にまとわりついてきた、とうとう自分の心の中心に棲み着いた、自分の心を照らしてしまった、あの遊馬であるのか否かが。 「…う……」 小さな呻き。そいつは目顔で自分を促す。 言え! 呼べ! あいつの名前を! 「ゆ…うま」 潰れそうな声が、呼んだ。 「遊馬…」 空白のような静けさ。 一瞬の沈黙だったはずのそれは、長く長く感じられた。表情がゆっくりと変わるのを見た。目の前のそいつは一拍置いて、それから笑ったのだ。 「そうだよな、シャークはその名前しか知らないんだもんな」 天真爛漫な優しささえ覗かせた笑顔が。 「オレはそれでもいいよ」 何もかもを知って全てを包み込むような声が。 「遊馬でいい」 真っ直ぐ射貫く金色の瞳が。 「シャークはオレのこと遊馬って呼んでいい」 お前は遊馬じゃない。 胸の中に生まれた小さな呟きが次の瞬間には耳を聾するほどの大音声となって凌牙の体内に響き渡る。違和感を感じる肌が、金色の声に触れた耳が、目の前の存在を感じ取る全てが自分の内部に向かって叫び立てるのだ。 こいつは遊馬じゃない! 「遊馬、か」 そいつは笑う。嬉しそうに笑う。懐かしそうに笑っている。 「そうだよなあ、遊馬か」 もう片方の手も頬に触れてきて、そっと引き寄せる。 「覚えていてくれていい。それは大事な思い出だから。オレにとっては情報でしかないけど、シャークはそうじゃないんだろ。だから、オレの身体もピリピリするんだ、お前に触れると」 唇が触れた。息が、止まりそうだった。 止まってもいい。そうして真っ白な忘却を。それが死であれ。時間を巻き戻して。オレの目の前にいるのは遊馬だと。誰か。 誰も。 誰にも。 だってオレには遊馬が。 凌牙は息を止める。キスをする、そいつは笑う。シャークのいつものキスではないと笑う。呼吸なんか止めて、と笑う。 耳が震える。肌が痺れる。意識の失われる瞬間を待ちながら、凌牙は唇に触れるそれが熱さに耐え固く目を瞑った。
2011.12.18 ついったで影響を受けたのが蓄積されて真夜中のストレス噴出とともに凌ゼアになったという
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