失楽のユビキタス 1




 生と死という概念も、時間という概念も、あらゆる概念という概念が消失してしまった今ここにいるのはオレだけで、オレは過去と未来の全てを現在として捉えながら宇宙を漂っている。星が流れ、太陽が燃え尽き、暗黒物質に一時安らいで、また茫漠とした暗闇の中ちっぽけな光を探すオレの旅は気の長い暇潰しだ。
 だから少しは話してやってもいい。誰が聞いているのかは知らないが、過去も未来も物語ることができる。オレはこの宇宙の全能で最強で多分神というやつで、まさしく宇宙そのものだからだ。かつてはこの暇潰しに付き合う家電製品の親戚もいたが、今は見なくなって久しい。
 話してやろう。それが目の前にあいつを呼び出すに最も相応しい手段だから。遊馬だ。遊馬の話だ。オレは遊馬の話しかしないし、それ以外に話す気もない。
 遊馬。
 オレの遊馬。
 オレのしもべ。
 地を割って吹き上がる灼熱の炎は大空をも焼き、黒く焦がした。オレの分身ブラック・ミストの掌の上で遊馬は空を見上げ、都市が文明が焼け焦げて壊れてゆく匂いをかぎながら目を細めた。ブラック・ミストの掌の上はオレが言うのもなんだが座り心地がいいとは言えない。遊馬は文句を言いながらも、しかし鋭い爪を掴み身体を支えそこに座って勝利の余韻を味わっていた。
 オレたちはいつか終わる旅をしていた。都市から都市へ、国から国へ、大陸から大陸へ。破壊し蹂躙し圧し滅ぼし焼き尽くす旅だ。オレはこの星を破壊するという使命であると同時に自分の享楽を満たすべくこの腕を振るい、そのしもべとして遊馬を選んだ。ハートランドシティの、燃えるような夕陽の射すあの広場でのデュエルから始まった、これは地球のカウントダウンだった。
 オレの力をもってすれば三、二、一で破壊することも可能だったはずだが、それをわざわざ一つ一つの街に断頭台の刃を落とすのはオレの隣に遊馬がいるからで、遊馬は別に慈悲心をもってそれを望んだわけではない。次はこの街を襲いますよ早く逃げて? この惑星の表面にへばりついている限り、逃げる場所などないのだ。地は割れるし海は干上がる。いずれ惑星そのものが粉微塵に砕けて岩とガスが漂うばかりになるのだ、人間はそんな場所では生きていられないだろう?
 一つ一つの街を訪れる理由。それは遊馬が人間だから、だ。オレに取り込まれオレのしもべとなった遊馬には家族も仲間も存在しないに等しい。その中で自己存在の確認と生存の理由と言えばデュエルしかない。オレと遊馬はその後セックスもするようになったが、遊馬が何よりも快楽情報を得るのはデュエルに勝利した時こそだった。遊馬はもっとデュエルがしたかったのだ。もっと強い相手と、死にものぐるいの相手と、命懸けのデュエルを。
 遊馬が勝ち、オレが都市を焼き払う。遊馬は敗者に一瞥もくれない。炎と焼け焦げる空の匂いをかいで勝利の余韻にひたる、不機嫌そうに、つまらなそうな顔で。オレはブラック・ミストのもう片手の上からナンバーズの力を行使し地を砕く、炎を駆け巡らせる、全てが崩落し灰となって崩れるまで破壊し尽くす。
 遊馬に敵うものはいなかった。同時にどんな物理攻撃もオレの相手ではなかった。人間が引っ張り出した様々な鉄の塊。戦車、戦闘機、戦艦、様々な大きさの銃口砲口エトセトラエトセトラ。鉛の弾だろうが銀の弾だろうがミサイルだろうが、地から狙おうが海から狙おうが空から狙おうが、果たして宇宙から狙おうが無駄なことだ。オレの身体に穴を空けることはダメージを意味しない。遊馬をブラック・ミストの掌の上生身を晒してさえオレは砲弾の雨が届く前にそれを落とすことができ、また本体を潰すことなど造作もなかった。遊馬はブラック・ミストの爪の影からつまらなそうな視線を投げていたが、これこそオレの享楽だった。まだ足りない、もっと足りない、ひと思いにこの星を砕いてしまいたい。
「96」
 遊馬があくびをしながら声をかけた。
「飽きた」
「なら寝ていろ」
「もういいだろ」
 鼻の頭についた煤を拭いながら遊馬は言う。
「オレの寝る場所がなくなる」
 轟音と共にビルが灰となって崩れ落ちる。
「あーあ」
「あの炎の中で寝るつもりだったか?」
 もう眠いらしい遊馬は返事をせず、ブラック・ミストの爪につかまったまま瞼を伏せる。オレは遊馬の影の中から触手を何本か出し、遊馬の身体が滑り落ちないように絡め取る。
 勝って、壊して、寝て。毎日が楽しい繰り返しだった。遊馬はよく大量のエネルギー補給を行い、たまに笑う。オレたちは笑いあうことさえした。燃える前の街を見下ろし、砕けたガラスの破片と札束と火の粉を振り撒きながら。
「王の気分だ」
 遊馬は言った。
「王様の気分」
「気分がいいか?」
「全然」
 笑みを歪め、遊馬は夜空を仰ぐ。
「すげえ退屈」
 絡みつく触手に身体を委ね、衣服を剥がされるままに抗わない。
「退屈か」
 オレは目の前で笑ってやる。オレは楽しい。
「超がつくほど退屈だぜ」
 遊馬は裸の腕を伸ばしてオレの首を引き寄せる。
 退屈と言いながら遊馬はオレの唇に吸いついて舌を強く噛んだ。






2011.11.17