ココロとカラダの関係 表面に馴染むものがある。匂いも温度も、わずかに湿ったこの空気も。 アストラルはうつぶせたまま、静かに匂いを吸い込む。 まず遊馬の匂いがする。それが本当に嗅覚に働きかけるものか、それとも全身で感じ取っている気配かは分からない。しかし今身を伏せているこの黴臭い絨毯の匂い以上に、遊馬の匂いは自分を包み込む。汗とそれから…。 分析を試みようとしたが、意識はいつの間にかゆるやかに溶けている。ゆうま、ゆうま、と名前を呼んでいる。重なり合った手が、少し力を入れて握りしめられ、それに応えるように握り返す。 絨毯が湿っているのは元からだろうか、遊馬の汗が染みてしまったからだろうか。自分から流れ落ちた、むしろ実体の溶けかけた自分もここに染みたのだろうか。遊馬は部屋の隅に丸められた中から悩み選び抜いてこれを敷いた。毛足の長いそれは柔らかくアストラルの背中を受け入れた。しかしアストラルがそれを心地良く楽しんだのは最初の数秒にも満たなかったけれども。 今までもキスのふりは何度もしてきた。しかし本当に触れた唇はアストラルにとっては熱く、遊馬にとっては少しひんやりとして今までこの唇で触れたどんなものよりも柔らかかった。 いつまで触れていられるか分からないならずっと触れていよう、と遊馬はアストラルの身体を抱きしめた。 触れる。 抱きしめる。 遊馬の熱がどんどん上がるのを全身で感じた。同時に身体の変化も。遊馬は顔を真っ赤にして恥ずかしそうになにも言わなかった。ただ、うう、と唸って苦しそうだったのでアストラルは遊馬を抱きしめながら言ったのだ。君のしたいことをしよう、私は君のしたいことをしたい、大丈夫だ恥ずかしくない、苦しいことも、悲しいこともない。 それから降ってきたキスはなんて優しかっただろう。 遊馬は絨毯を選んだ。アストラルの身体を横たえ、ぴったりと自分の身体を重ね合わせた。 何もかもが初めての夜だった。 ゆうま、ゆうま、アストラルは呼びかける。 「なんだよ…」 眠そうな、しかし穏やかな声で遊馬が応える。隣にうつぶせた遊馬は寝返りをうって横を向く。アストラルは視線を合わせたまま黙ってその裸をなぞる。しかし遊馬の手はアストラルが触れる感触に満足する前にそれを握ってしまう。 「どこ触ろうとしてるんだよ」 遊馬は笑って両手でアストラルの手を掴まえ、指先にキスをした。 どこ、と言われれば遊馬が本来自分の遺伝子を残すためのそれを排出させた場所に決まっているのだが、今見ると形状が変わっている。まじまじと観察すると、なーにー見ーてーるーのー、と遊馬はまた少し恥ずかしそうに、しかし楽しそうにアストラルの顔を上向かせた。 「君が…」 アストラルは言いかけて自分の言葉がまとまらないことに少し戸惑う。 「君が…望んでいることを…」 「ん?」 「君は…君の遺伝子を…」 「んー?」 遊馬の指が優しく頬を撫で、アストラルの意識はまたふらふらと遠ざかる。眠いのだ、と本人には分かっていない。だから一生懸命言葉を紡ごうとする。 「君と、わたしの、子孫を…」 遊馬がぷっと笑った。 「気が早いなあ、アストラルは」 「それは…」 お前、女の子なの?それとも女の子になっちゃうの?遊馬は笑いながら尋ねる。 「合体までしたのに、エッチなことまでしたのにさ、取り敢えずいいじゃん、オレたちが今気持ちよくって幸せなだけで」 「いい…のか?」 濡れた絨毯。流体化した自分と、遊馬の汗と、精液が染みてしまった。それはアストラルの中から溢れ出て、正確には異物として排出されたものだった。そこで一体遊馬が出したどれほどの数の遺伝子が無駄に死んでしまったのだろうかと思う。すると、アストラルは悲しいような気持ちになるのだった。 「もっと君を受け入れたい…」 小さく囁くと遊馬が重い身体を動かして抱きしめた。その抱き潰される重みさえ心地良く、アストラルはまたゆうま、と声を漏らす。そんな声出すなよ、と遊馬が囁く。 「オレ、今すっごくしあわせだぜ?」 それを聞いてアストラルが漏らした溜息は遊馬の首筋をくすぐったようだった。遊馬がまた小さく笑った。呼吸の落ち着いた二人の上に、夏の夜の湿った空気が静かに降ってきた。
初夜
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