爪の先に君の色 カーブにさしかかったモノレールはコントロールのミスだろうか、少しオーバー気味の速度で車体を揺らしながら曲がった。鉄のこすれ合う音がした。アストラルは遊馬の腕に抱かれたまま、その悲鳴のような音を聞き思いを巡らせた。雨に濡れたレールのこと、急に暗くなった景色のこと、そして自分の上にかけられた少し濡れたコートのこと。 駅に着く前に雨は降り出し、遊馬もアストラルも傘を持たなかった。本当はアストラルは傘を持ってきていたのだけれど、昇降口の傘立てからそれを取り上げる前にアストラルの手を遊馬が掴んでしまったのだ。遊馬は何も言わずアストラルの手をぐいぐいと引っ張った。どこへ行くのか尋ねても答えてくれなかった。遊びに行くならば家に連絡しなければならないと言っても聞いてくれなかった。灰色の空の下、ハートランドシティを駅に向けて一直線に走った。 雨が降り出し、遊馬は自分のコートを挙げた両手に掴むと、その下にアストラルを入れた。その時、もう遊馬の手は外れてしまったのだが、アストラルは踵を返そうとはしなかった。遊馬の片手に自分の手を重ねてコートを掴んだ。そして夕闇の中、光の溢れ出した駅に飛び込んだ。 知らない土地のボタンを押し、知らない土地へ向けて走るモノレールに乗り込む。ボックス席を陣取り、遊馬はようやく大きな息を吐いた。しかしまだ表情は硬く、アストラルを見る目は張り詰めていた。アストラルは不安の底からそっと、遊馬、と呼んだ。 「…お前さ」 遊馬はぐっと顎を引き、眉間に皺を寄せる。 「誰と喋ったの」 「え?」 「誰に、されたの」 掴まれた手が持ち上げられる。二人の視線の間にそれは割り込む。真っ白な指。細い指。その爪の先。 先端が赤く塗られている。鮮やかなローズレッド。本来の爪の色と鮮やかな赤との境界はダイヤを模したような銀色のストーンで飾られている。両の手、十本の指を彩るネイル。 「これは…」 アストラルは俯き、小声で言う。 「君に見せたくて」 「普通の爪でいいよ」 「この色は…」 目を伏せながらアストラルはそれを塗られた時のことを思い出す。83は大事な手だからと丁寧に扱ってくれた。こんなことをしなくても美しいのにと言いながらアストラルの願いを聞いてくれた。 「君の、遊馬」 「なに」 「君の瞳と髪の色を、私は」 指先だけでも、と呟く。 遊馬はまじまじと美しいネイルアートの施されたアストラルの指先を見つめた。 「でも…誰が」 「…家族」 「96?」 アストラルは首を横に振る。 雨が横殴りにモノレールの窓に打ちつけた。ビルの谷を抜けたのだ。これからどこへ向かうのだろう。 ごめん、と。 ようやく遊馬が呟いた。ぽつりと落ちた言葉は素直で、少し愛らしくて、アストラルは自然と微笑みが浮かぶのを感じた。 「笑うなよ」 「遊馬」 十本の指を揃えて遊馬に差し出す。 「どうだ」 「似合うよ」 しかし遊馬があらゆるものからアストラルを攫ってしまおうと乗り込んだモノレールは引き返し不可で、切符の土地まで辿り着くしかない。キスはしなかったが、アストラルはそっと自分の指先を遊馬の唇に当てた。唇にアストラルの指が触れたまま遊馬は内緒の言葉を囁いた。 遊馬はアストラルの肩に手を回して離さなかった。疲れていたらしくだんだん姿勢が崩れ、瞼が落ちる。アストラルもずるずると遊馬の胸にもたれかかる。遊馬の腕はアストラルの首を半ばホールドする形になったが、アストラルはその腕を両手で掴んで放さなかった。 少し濡れた重たいコートと遊馬の胸に挟まれてアストラルも少し高くなった自分の体温と眠気を感じる。靴を片方脱いで足を座席に上げた。本格的に遊馬の胸を枕にすると、耳の下に心臓の音が聞こえた。遊馬、と心の中で呼びながらアストラルは指をぱたぱたと動かす。遊馬。そしてぎゅっと腕を掴む。赤い爪の先が遊馬の腕に食い込み、跡を残す。 また強い雨の音。軋む鉄の音と、揺れるモノレール。窓の外は真っ暗だ。一体どこへ向かおうとしているのか。電飾に彩られた看板が光の尾を残して移りすぎてゆく。ライフ・イズ・カーニヴァル。アストラルは微笑む。確かに遊馬が隣にいれば毎日がお祭りのようだ。でも。 アストラルは瞼を伏せた。 今だけは二人でいい。二人だけでいい。この爪は遊馬にだけ見せたかったのだから。遊馬のためのネイルなのだから。遊馬だけが自分の手を握ってくれる、どこかへ。
web上での色んな方々の人間化パロに影響を受け、且つけろこさんのネイルアート発言に触発され、ニナさんの後押しによって書いたもの。
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