断絶世界午前零時
断絶世界午後七時
「プリクラ撮りたい」「プリクラとは何だ」 「小っちゃい写真」 ビュイック・ロードマスターのボンネットから眠らない街角を眺め遊馬がぼんやりと呟く。背中合わせに座ったナンバーズ96は遊馬の影からちらりと振り向き、鼻で笑う。 「女がぞろぞろ並んでる」 「女子高生」 「お前も並ぶのか?」 「すっげ恥ずかしいし」 「並ばないのか」 頬杖をつく腕に黒い触手が絡みつく。 「オレがついていってやろう」 「バカが見る豚のケツ」 ケケッと短い笑い声が上がる。 「わざわざ並ぶ間もない」 「割り込みとかやめろよ?」 こうするに決まっているだろう、という言葉が闇に溶けこみ、触れ合っていた背中の支えがなくなる。 「…だよなあ」 遊馬はボンネットの上に立ち上がりDゲイザーとDパッドをセットした。背後には既にブラック・ミストの姿が浮かび上がっていた。 「全部壊しちゃダメだからな」 「分かっている。プリクラを残せばいいのだろう?」 ブラック・ミストの掌の上、浮かんでいるナンバーズ96が応えた。迫る警官やパトカーを撃破しながら遊馬は考える。美白モードとかにしたら96はどんな風に写るんだろうな。何か文字書こう、文字。デュエル勝利!とか?あと何書こうかな。 考える内に足下のビュイックはボコボコになってゆく。ボンネットから飛び降り、遊馬は攻撃の炎に目を細める。 「ロードマスターで来た、とか?」 背後でビュイックは爆発を起こし、プリクラを撮ったら次はどんな車に乗ろうか、ナンバーズ96にディーラーを襲うなと言うのを忘れたな、とちょっと惜しみながら思った。
午前零時の優しいヒーロー
この男の部屋のシャワーを浴びているのだと、知るたびに懐かしさに似た安堵と消化されることのない罪悪感が空虚の中に落ちてゆく。排水口に流れてゆく冷たい水のようにだ。自分の足の間から流れ落ちてゆくあの男の精子のようにだ。コンドームなしのセックスなんて、と思い出すと、先ほどまでの狂乱にも近い熱が重く、ドロワはタイルの壁にもたれたままずるずると浴室に座り込んだ。冷たい雨のようにシャワーが打つ。懐かしい。安堵する。雨の下、二人で逃げ出した夜を思い出す。繋がれた手の体温は今夜自分の全身を抱きしめて離さなかった。お前はいつもそばにいる、それが私の世界だ。呼吸のように当たり前で、鼓動ほどにも意識しない。 しかしカイトのことを想う夜は呼吸も鼓動も苦しく、何故自分は最初から強い一人の女ではなかったのか、苛む思いに心臓さえ破りたくなる。自分の身体の内側も外側も壊したくなってしまう。ゴーシュのことも。 足の間に手を伸ばせば、一応きれいになったそこに残るのは余韻だけで、石鹸も擦り込んで匂いもしないほど洗った筈だが、指先に触れるその余韻が神経の端を刺激した。 楽になりたい、などと。 考えてはならない。自分の身はカイトに捧げると決めた。その為には苦痛もない、この想いの他感情も捨てる、だから。 曇りガラスのスライディングドアがノックされる。 「大丈夫か」 ドロワはシャワーの下から、濡れた髪の毛の隙間からぐったりとした視線を持ち上げ、そこに映るシルエットを見る。まだ服も着ていない。当たり前だ。先にシャワーを浴びると、彼を一人ベッドに残してここまで身体を引き摺ってきたのだから。 重い身体を持ち上げてドアの前に佇み、ボタンを押した。急にドアが開いても、目の前の男は動揺しなかった。 「寒いぞ、ここ」 冷水のシャワーは冬の雨のように打ちつける。ドロワは相手の胸に体当たりすると、そのままベッドまで押し戻し思い切り突き飛ばした。おとなしく突き飛ばされた巨躯の上に馬乗りになる。 「…もう一度だ」 宣言してしまえば、身体の中に残った不純物が一気に燃えて、カイト以外のなにものも消し炭になるまでとばかりに身体の奥に直結する。濡れる、潤いが一筋脚の間に垂れる。 夜明けの海のような静かな色をした目が細められ、お前な、と囁きかける。 「優しくするぞ」 そんな脅し文句では怯まない。 「嘘だ」 指摘をすれば、 「いいや優しくするね」 と男の指は腰から下へと滑って尻を掴み、自分の言葉に考え直したように撫でた。 「お前が泣くほど優しくする」 「できるものか、野獣のくせに」 「そいつぁ心外だな」 ヒーローってのは女に優しいんだぜ、とぶつぶつ言いながらしようとするキスをかわし、耳を噛む。 「ヒーローか。ハートランドシティのスーパーマンという訳か?」 「…馬鹿」 ちげえよ、という言葉は本当に独り言のようでドロワの耳を掠っただけだった。 「ではヒーローにお願いしなくてはな」 下半身に手を伸ばすと男のそれも自分と同じように準備万端で、ドロワは胸の奥で震えながら腰を落とした。 何もかも、カイトを守る私に必要ないもの全て。 今の私も。 たった今、この瞬間の私も、殺してくれればいいのに。 ヒーローだと言うのなら。 身体が、胸の奥が震えていた。吐く息も震えていた。 自分はもう泣いていない。泣くのはやめたはず。でも。 泣くほど、されたい。 キスをしようとするのをまた避けようとすると、今度は髪を鷲掴みにされて無理矢理唇が重なった。苦しかったが嫌ではなかった。求めていたものに、舌も心臓も喜んで熱が上がる。 「ああ…」 身体の奥に熱の塊を感じながらドロワは囁く。 「殺して」 「…ヒーローにするお願いじゃねえだろ」 ゴーシュは苦笑しながら言って、ドロワの目からこぼれだした涙を拭った。
2012.11
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