グッドナイト・ジ・アース それは耳ではない脳の作用だ、と頭の後ろから声がするがそれは本物の声じゃなくて四六時中離れずに隣にいたヤツが一体となった今でもそこから話しかけるような思考の方法をするからそんな風に感じるだけで、本当はオレ一人の思考だし、だよな、と思いつつ、全部脳で片付けるなんて味っけねーの、と文句言いつつ、脳は素晴らしいインナーユニヴァースだという考えには頷くところもあって、まあどっちでもいいじゃん、オレは耳の中に何か残ってるって考え方好きだな、と呟いたら自然と微笑みがこぼれた。オレの中のヤツはオレのことがオレと同じくらい大好きだ。愛してるぜ。 という訳で地球上にもうかつての半分も存在しなくなった海を懐かしみながら砂丘の上で何してるかと言うと、眠りたいな、と思っている。 一仕事を終えてオレは疲れた。でも本当は疲れていなくて、多分オレ(九十九遊馬)を構成していた物質がかつての形式に引き摺られていて、あー海を半分干上がらせて地球上の生命が枯れていくのに荷担してオレマジ疲れたわ寝たいーって雰囲気を醸し出しているだけで、大体ゼアルなんて世界の外側の力だから疲れようがない。 この独り言みたいなのを誰か聞いているというのは想像し難いけど、まあオレ達この地球の世界とアストラル世界とバリアン世界を巻き込んだ戦いに巻き込まれたり更に他のものを巻き込んだりしてこの三つの中で善と悪をやったり取ったりしている感じだったけど、テレビの中の誰かが偉そうに正義は人の数だけあると言ったとおりオレ達三者三様に生きようとしてただけで、その中でちょっと振れ幅があったり表現方法に差があったりしたってことだ。まあ野望もなかった訳ではない。特にバリアンなんかそうだろう。同情しねえけど。 で、ゼアルってのは何度かなってみて分かったんだけど、っていうかアストラルはナンバーズを全部回収するまで完全インストールされてなくて、それまでの余裕みたいなのでオレは九十九遊馬だった時間をもう少し楽しむことができて、そのへんの偶然には感謝してることもあって、それが今ちょっと喋りたいことだ。 世界は三つだけなのか。 この三つはどのように接しているのか、分裂しているのか、閉じているのか。 三つの世界それぞれが無限なのか、あるいは無限を三つに分けてこれら世界があるのか。無限を分けるなんてことは可能なのか。 いやもっとシンプルに考えることができる。この三つの世界を包む大きな世界があるんじゃないのか。 当たりだ。 それがゼアルだ。 つまりオレ。 オレがゼアルって世界から力をもらったんじゃなくて、正真正銘オレがゼアルで三つの世界の外側。分かり易い表現をしろって言うなら、神様って言ってもいい、この言い方そんなに好きじゃねえけど。なんでオレがこの呼び方好きじゃないかというと、神様ってのは万能で何でも思いのままにできそうで漫画とかでも「フハハハハハハ私は新世界の神となったのだ!」とか叫ぶ奴がいるけど、実際そこまで自由じゃない。なんていうか世界が、ただ、ある、ってことを知ってるだけで、その力に素直なだけだ。 例えば今地球の半分が干上がって白い砂になっちゃって、それをしたのはオレの力なんだけど、オレは九十九遊馬がどんだけ「小鳥いいいいいい!」と叫んでもそうせざるを得ないし、そうする。ゼアルになっちゃえば「小鳥いいいいいい!」って叫ぶ必要もなくなって、ただ、できる。そんで砂丘の砂を掬い上げても、それがかつて小鳥を構成していた物質だっていう特定ができて、あんまり寂しくない。足下には鉄男。尻の下にシャーク。オレは手の上に掬った小鳥を口の中に入れて飲む。人間が砂を飲み込むのは大変だが、オレにはできる。美味いよ小鳥、御馳走様。 で、オレが今こんな人間の感情の残滓を抱いてそれを大切にしていられるのは、最初から完璧なゼアルじゃなかった余裕の時間のお蔭で、もしそれがなければ為すべき事為されるべき事全部仕事みたいになっちゃて、それこそオレは全知全能のデウス・エクス・マキーナになっていただろう。――耳の後ろから、そもそも機械仕掛けの神という言葉は…って説明が聞こえてきたけど無視。機械みたいに感情のない、ただただ行使されるように行使される力。それが全てで永遠になるのは、今のオレでもちょっと寂しい。感情のある機械だって存在するのだ。 ハートランドシティは真っ白な砂になって何もかもなくなったのに、この砂丘のてっぺんにはオレの望んだものが生き残っている。元お掃除用ロボット、通称オボット、正式名称オボミーナ・シャイニング・ロマノフ、オレは愛情を込めてこう呼ぶ。 「オボミ」 三分の一が砂に埋もれ、多分砂化しかけているのだろう、顔が回転するたびにざりざりと音がする。でも目が光って感情を示すし、一生懸命オレを呼ぼうとしている。 「ユウ…マ……ユウ…マ……ヘタクソ…」 懐かしいな。もうオレのことをヘタクソと呼べる奴はいない。生き残ったカイトでさえ、そう呼べない。オレはあいつと全く変わってしまった。あいつはどうしたって人間だ。 「オボミ、子守唄歌ってくれよ」 「コモリウタ…」 「眠れないんだ」 「ナゼ…ダ……?」 何でだろうなあ、ここには家もベッドもハンモックもねえもんな、と返事をするとまたナゼダと問われて何でかなあなんてとぼけた返事をしてたけど、それやったの全部オレだ。 「オレがさ、地球のエネルギーの半分くらい奪っちゃって、するとこうならざるを得なかったのだ。オレの肉体は疲労の記憶に引き摺られているが、多分オレ自身はそんなに眠いんじゃなくてさ、なんつーの、少し安らぎを得たいのだよ、オボミ」 「ユウマ…ユウマ…ヘン…」 ごもっともだよ、ほんとごめんな、オボミ。オレも考えながら喋るともうこんな喋り方しかできなくてさ。光る手でオボミの頭を撫でると、オボミは急に元気になって鼻歌を歌い出す。デイジー、デイジー、ギブミーユアアンサードゥー……。 「なにそれ」 「コモリウタ…コモリウタ……ユウマ……」 オレは砂丘の上に横になり、オボミの頭を撫でてやりながら機械の歌声に耳をすます。オボミの子守唄は白い砂の上でオレに優しくて、本当に眠れそうな気がする。気がするだけでもいい。オレはかなり安らいでいる。 オボミにも説明したとおり、オレがゼアルである限り、これは為されなければならないことだった。あの日、九十九遊馬たるオレとシャークとカイトが力を合わせてバリアンを撃退した日、あれで全ては終わった訳ではなかった。結局バリアン世界は存在し続けていたし、野望もあったし、アストラル世界は攻撃を受けた傷を癒やせないままだったし、過干渉を受けた地球が無事であるはずがない。 カイトがあれだけのことをやったDr.フェイカーのことをそれでも父親扱いしたのはグッときたし天城親子が幸せに暮らせたらいいなというのは正直な気持ちだったが、ゼアルだった自分はそういかないだろうことを分かっていて、例えばカイトの命はじいちゃんになるまで永くって訳にはいかない、それをやったのはフェイカーだ。ハルトは虚弱体質に改善があったかもしれないけどフェイカーの指示でアストラル世界にゴミをぼんぼん落としてたのもアストラル世界から聞こえる悲鳴もそれを喜んだ自分も消えない記憶で、多分これから先何度も夢に見るだろうし苦しむことになるだろうけど、カイトにもフェイカーにも言わないはずだ。優しく笑って自分の苦しさを隠すだろう。それをカイトも、勿論フェイカーも完全に癒やしてやることはできない。厳然として存在する痛みの前に何の手出しもできない、もしかするとその存在さえ知らされない。自分で贖うことのできない罪はそれそのものが罰だが、贖うことができないだけに苦しみは永遠に続く。多分フェイカーが死んでも、っていうか死んだっていうか、フェイカーは隣の砂丘の砂になってるんだけど、それも地球で新たな生命が芽生えるにせよ、三つの世界の作用でまた新しい世界ができるにせよ、苦しみ続けるはずだ。因果は巡る。こういうのをカルマっていうんだっけか。業が深いとかさあ、ほんといきなり生まれて永遠に消えないとか、確かに人間は罪深い生き物かもしれない。 「なあ、オボミ」 「ユウ…マ……」 「カイトは生きてるんだぜ」 「カイト…カイ…ト…?」 「会う約束してんだ。オレが世界のエネルギーの大半をバリアン世界に送ってしまったからな。今度は向こうの後始末をしに行かなければならない。三つの世界のバランスが戻るにはそう長い時間はかからないはずだが…人間は死んじゃうかもしれないからな。お前、カイトのこと見ててやってくれよ」 「ユウマ…ユウマ…ハ…?」 「オレはちょっと地球の外に行ってくる」 「ユウマ……デカケル…デュエルメシ……」 機械のアームが一生懸命動いて砂を掻き集める。オレは鋼鉄の腕からざらざらとこぼれ落ちる砂を掌に受けとめる。光る掌の上で砂はデュエル飯になる。材料はキャットちゃん。 「一個じゃ足りねえかもなあ」 という訳で委員長飯と徳之助飯も作る。鉄男飯だけでかくて特徴が出てて笑える。 「これで準備完了だ。明日の朝日が昇れば、行くな、オレ」 「ヨル…イマハ、ヨル……」 「そっか、もうセンサー働いてないのか。夜だよオボミ。子守唄歌ってくれ」 「コモリウタ……ヨクキケ、ヘタクソ……」 デイジー、デイジー、ギブミーユアアンサードゥー、アイム・ハーフ・クレイジー……。オボミの歌声が鼓膜を優しく撫でる。その遥か向こうからカイトの歩いてくる、砂を踏む足音が聞こえたが、ここに辿り着くのはそれこそ明日の朝になるだろう。だからオレは瞼を閉じる。鉄のアームがギイギイと軋みながらオレの頭を優しく撫でる。デイジー、デイジー、おやすみ、オボミ。
2012.9.20 跳ね箸さんからリクエストをいただいておりましたゼアル様とオボミの話
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