セカンド・エデュケーション


《オフロ》

 湯船の中でぬくもった指がアストラルの頬を撫で、そして感じていたかすかな違和感が明確になる。アストラルは遊馬の手を取り、今し方自分を撫でた指先をまじまじと見た。
 変色している。かすかに赤い。皮膚の下に血がとどまっているような、赤。皮膚は硬く、そのせいで少しがさついて感じた。
「遊馬、これは…?」
「ああ…」
 遊馬はちょっと苦笑いを浮かべる。
「ちょっと、な」
「ちょっと?」
「火傷」
 アストラルの覚えている限り、遊馬が指先に火傷を負ったことなどなかった。一度この世界から消えてしまうまで、遊馬の行動はいちいち覚えているし、忘れていない。
「いつ、火傷を」
「お前がいなくなってから、ちょっとな」
 指先の歪な痣は炎がそこを焼いたのだとアストラルに教える。一体なにがあって、遊馬は指先を、カードを持つ指先を炎に焼かせたのだろう。自分がいない間に。たった一人の間に。
 アストラルは遊馬の手を取ったまま、指先の痣に唇を触れさせる。遊馬の表情は変わらない。硬い皮膚。見ているから、触れているのは分かる。しかし感じているのだろうか。皮膚の下、赤くそまったそこにある神経は生きて遊馬にそれを伝えているのだろうか。
 薄く開いた唇で指先を挟む。舌で触れると正常な皮膚と痣になった硬い皮膚の境目が分かる。アストラルは目を伏せ、感触だけで舌を行き来させる。
 もう片手が頬に添えられた。上から遊馬の視線を感じる。遊馬は舐められる指をそっと口の中に押し込む。アストラルは音を立ててそれに吸いついた。
 溢れる唾液が顎まで伝う。湯船は静まりかえっているのに、水音は浴室に響く。いつの間にか懸命になって遊馬の指を舐めるアストラルを、遊馬は目を細めて見下ろしている。それは少し切なげで、ようやく自分の腕の中に戻ってきたアストラルが皮膚によって隔てられ抱きしめることのできる存在になったことへの喜びと、皮膚も粘膜ももう溶け合わず完全に自分の中で一つにしてしまうことは出来なくなった独占欲の寂寞が入り混じっていた。
 アストラルの舌は皮膚によって隔てられた自分の指を舐め、唾液が伝う。少しもどかしく遊馬がもう一本の指を押し込むと、アストラルは視線を上げ遊馬に微笑みかけた。
「嬉しい? オレに触れて」
 アストラルはキスをして指を離し、返事をする。
「嬉しい。とても」
 唾液に濡れた指で唇をなぞり、キスをした。湯船が揺れた。朝靄のような湯気の中で、アストラルが感情を露わにしてくすくすと小さく笑っている。






つづく