4ばく設定

L-0 fragment of Lucky Love




 十八歳、僕の高校最後の誕生日に僕の寝室の床に転がっていたのは、確かに記憶戦争で消えたと思っていたバクラだった。
 それから一年。みんなに黙って同居したり、バレたり、バクラはキレたり、僕はシュークリームを食べたり、遊戯くんの夢枕にアテムくんが立ったり、大学受験したり、合格したり、真崎さんがニューヨークに行ったり、みんなで空港で泣いたり、城之内くんが最後に真崎さんのスカートを捲ったり、海馬くんがM&Wの新しい事業展開をしたり、そのビッグニュースの影に隠れてしまったけど御伽くんのお店が復活したり、とにかく色々なことが起こりまくって怒濤の三六五日が過ぎて、明日、僕はバクラが帰ってきてから再び誕生日を迎える。
「教えて、お前の名前」
 僕はベッドの上でバクラに手を伸ばす。バクラは僕の手を取り、ぐいっと引き寄せると僕を抱き締めて耳元で
「バクラだ」
 と囁いた。
「…同じ名前?」
「ああ…」
「本当の本当に、僕と同じ名前だったの…?」
「そうだ」
 と言う訳でその夜がどういうことになったかはご想像にお任せするとして、翌朝全裸の僕とバクラが狭いベッドの上で目覚めた時、ベッドは更に狭くて、僕はバクラに向かって手を伸ばし、バクラも僕に向かって手を伸ばし、お互いにお互いの身体に触れる前に何だかでかい物体に邪魔されて、それは物体というより人間で、褐色の肌をした大男が僕とバクラの間で眠っている。
「誰…?」
 と僕は言いながらその答えを予想している。
「て…めえは……」
 とバクラは絶句し、褐色の肌の大男はあくびをしながら目を覚まして
「お、ハーレム」
 の第一声で僕とバクラの足に蹴飛ばされ、ちなみに大男も全裸。
 バクラは僕と床の上の大男を交互に見て、若干青い顔で僕の足を持ち上げ
「産んだ?」
 と馬鹿なことを言うので、僕はバクラも蹴落とす。
 っていうことがあって、また同居人が増えて内緒にしときたいけど、新しく増えたこいつはすごく目立って大飯食らいで日本語は喋れるけど現代日本の常識には欠けていて、でもエジプト出身だから「うおっ鉄の猪が!」っていうお約束はやってくれなくて、まあそういうことはどうでもよくって、しょうがないから皆に紹介したりするんだけど、僕らは大きな問題に直面する。
「盗賊王バクラ様だぜ」
 と大男は名乗る。同じ名前の人間が三人だ。見分けはつくけど、呼び分けは微妙だ。まあ僕には了っていう名前があるからいいんだけど、問題はバクラ(千年リングに宿ってた方)とバクラ(盗賊王って名乗ってる大男)で、対外的には一家みたいに獏良あるいはバクラと名乗ってても支障はないんだけど、友達なんかが呼ぶ時が微妙だ。ファミレスで遊戯くんが「バクラさん?」と呼んだ時、席についていた全員が吹いた。
 結局、エジプト出身の大男の名前は盗賊王で定着し、たまに街で行き会った城之内くんが大声で「盗賊王!」とか呼ぶと、周囲の人間がぎょっとしたようにこっちを見る。
 そういう愉快なことがありながらも、盗賊王は少しずつ現代日本での生活の仕方を覚えて、ほぼ一年が経とうとする九月一日、僕はまだ大学が夏休みで、バクラはほとんどニートだから部屋にいて、クーラーの効いた部屋でサイヒルとかやってると、どっかに出かけてたと思った盗賊王は外の熱気をそのまま背負って帰ってきて汗まみれの身体で僕とバクラを抱き締め
「オレ様、シューショクしたぜ!」
 と叫んだ。
 盗賊王は土方として取り敢えずバイトに入っただけだったんだけど、この世界経済不況の最中、自分の食い分を自力で何とかしようという姿に僕は心打たれて盗賊王を抱き締め返し、バクラがキレるのも無視し、ケーキを買ってきてその夜は盛大に祝う。
「ついでにヤドヌシの誕生祝いもするか?」
「んーん、明日は明日でまた祝うよ。クロカンブッシュは予約済みだからね」
「自分で予約したのかよ!」
 僕は再びバクラを無視して、盗賊王があーんと開けた口に苺を入れてあげる。バクラが更に悲鳴を上げるので、その口にはケーキを押し込む。
 で、翌朝が僕の二十歳の誕生日だった。記念すべき二十歳。僕は去年のように全裸ではなくて、同じベッドで寝ようとするバクラも部屋から閉め出して一人でベッドに眠っていたので、朝の光の中、僕の隣に眠っているのが誰なのかを静かに、冷静に考える。
 まず小さい。何歳くらいだろう。子供だった。子供特有の、甘いっていうか乳くさいっていうか鼻にもわっとくる匂いがする。で、肌が盗賊王と同じようなよく日に焼けた褐色で、ぼさぼさの白い髪、泥だらけの顔で、寝ている間に泣いていたらしくて涙の筋が頬についている。
 僕は去年と一昨年の例を考えて、何となくそういうことなのかなと思うけど、どういうことだろう? だってこんな子供の登場人物が僕らを巡るあの物語の中でいたことは…。
 朝日が眩しかったのか、子供の目蓋がぴくぴく震えて、そっと持ち上がる。盗賊王と同じ色をした瞳。
「おはよう」
 僕は目覚めた子供に囁く。子供は大きく目を見開いて
「――――」
 何かを言うけど、正直表現としては「○■×△?」くらいにそれが何語なのか解らない。
「…え?」
 僕と子供がベッドの中で静かに見つめ合っていると、突然ドアが壊れる勢いで開いて盗賊王とバクラがなだれ込むように入ってきてクラッカーを鳴らし
「ハッピーバースデー! ヤドヌシ!」
 と盗賊王が叫んだものだから、子供が泣き出す。その泣き声で闖入者二人は静かになった。
「宿主……」
 呟いたのはバクラで、盗賊王はぽかんと口を開けたままベッドの上の子供を指さす。
「この子供、もしかして…」
 僕が呟くと、バクラが布団を剥がして僕のパジャマのズボンに手をかけ
「宿主、まさか産ん……」
 もう八割方言われたんだけど、僕はバクラの鳩尾にキックをお見舞いしてベッドから突き落とす。
「――――、―― 」
 また子供が何か言う。すると盗賊王がベッドに近づいて、子供に向かって手を差し伸べた。
「―――――」
 盗賊王の口から、聞いたこともないような言葉が、聞いたこともないような穏やかな声で漏れる。子供が泣きやんで盗賊王を見上げる。盗賊王は子供を抱き上げ、抱き締める。子供の小さな手が盗賊王の肩をギュッと抱く。
「…盗賊王?」
 子供の背中をぽんぽんと叩いて、盗賊王は僕に向かって笑いかける。
「また『バクラ』が一人増えちまったなァ」

 と言う訳で、四人で住んでいます。






2009年6月に出した『capsule story』の「Lucky Love」から抜粋。