L −エル−

L-4 Lightness of the vermilion sky




 子バクは早起きで、時々朝焼けを眺めながら盗賊王の帰りを待っている。まだ寒い朝の、僕もきちんと目が覚めていなくて、バクラも朝食の準備を始める前のこと。ベランダの前の冷たい床の上にぺたんと腰を下ろして朝焼けの空を見ている。
 真っ赤だな、と思う。懐かしい色だと思う。
「おはよう」
 声をかけると、子バクはその瞬間目が覚めたような顔をして振り向き、おはよう、と小さな声で言う。でも立ち上がろうとしないし、目の中にはあの朝焼けの色が残っている。
「牛乳、飲む?」
「のむ」
「あったかいの?」
「あったかいの、のむ!」
 ようやく立ち上がった子バクはぺたぺたと足音を立ててソファによじ登り(本当はよじ登るっていう表現をするには子バクの身体は大きいんだけど、野生っぽいって言うのかな、よじ登るとか言いたくなる)、テレビのリモコンを持つ。教育テレビはまだ早くて、深夜の外国語講座の再放送なんかが流れている。子供向け番組になるまで子バクは待つ。
 バクラが起き出して、今日の朝飯宿主?といくらか意味を含ませて言い、馬鹿言わないでよ、と僕もいくらか意味を含ませてやり返す。ホットミルクとカフェオレで僕の両手は埋まっているのだ。
 朝はパン派とご飯派に分かれる。バクラと盗賊王はご飯派。僕と子バクがパン派。子バクはおやつに子供らしい執着を見せることは少ないけれども、朝食のパンに塗るジャム類を真剣に選ぶ。ポップアップトースターからこんがり焼けた食パンが飛び出す。子バクはそのこげ色を吟味して、今朝のジャムを選ぶ。ピーナッツバター。それから先ごろ流行ったバナナが朝食メニューの定番になった。僕はカフェオレとパンだけ。バクラは白米に海苔と、僕の分のお弁当を作るついでに焼いたらしい子持シシャモ。子バクがそれを羨ましそうに見る。バクラは、しぶしぶ小さい一匹を子バクの皿に載せてやる。子バクはそれを頭から食べる。ピーナッツバターを塗ったパンとバナナと焼き魚って組み合わせはどうなんだろうと思うけれども、子バクは気にならないらしい。
 僕は子バクの目を覗き込む。
「なに?」
「美味しい?」
「うめー」
「美味しいって言え、美味しいって」
 子バクの言葉遣いを注意するのは、いつもバクラだ。勿論、子バクは言い返す。
「兄ちゃんも、うめーって言う」
「うめーは大人の特権なんだ」
「ルフィも、うめーって言う!」
「ルフィは海賊だからいいんだ」
「じゃあおれも、かいぞく!」
 あ、話が微妙な方向に転がった。バクラを見ると、目の端や口元にやばいという表情が浮かんでいる。
 でもそこにタイミングよく盗賊王が帰ってきて、いや、最初はタイミング悪いと思ったんだけど、盗賊王はただいまを言うなり僕らの身体を順番に抱きしめて、ソファに倒れこんだ。
「おいこら盗賊! 風呂に入れ! 汚れるだろうが!」
 しかし既に返事はない。熟睡している。バクラは、今日と明日は雨なんだぞ、どこにカバー干すんだよ、とブツブツ言っていて、めっきり主夫みたいな発言をするバクラに僕はこっそりキスをプレゼントする。ただし頬。
 宿主!とバクラは小さな声で僕を叱ったけど、僕は指差す。子バクはもう盗賊王の眠っている枕元で寝顔を覗き込んでいる。バクラはしゃーねー、と何がしょうがないのか子バクを歯磨きに引っ張っていく。
 二人がいなくなり、僕は盗賊王の枕元、床の上にしゃがみこんで、そっと囁く。
「本当は起きてる?」
「寝てるよ」
「すっごい朝焼けだった。見た」
「ああ」
「…お疲れ様。カーテン閉める?」
 盗賊王は眠そうな声で、寝れる、とだけ言った。
 実際、お昼になる前から雨が降り出して、窓の外は暗くなった。僕は大学の研究室の窓から外を眺め、バクラの作ってくれたお弁当を食べながら、盗賊王はゆっくり眠っているだろうかと思う。今日は夕焼けはいらない。優しく雨だけ降って、彼の眠りを邪魔しませんように。






お題「天の織る赤い布」