孵化を待つ水先案内人




 暗い暗い水の底で怒りを縒り集めて刃の先のように磨き上げ鋭い先端を作り上げながら、それを己が喉仏に突き当てたまま何年も何十年も何百年も何千年も経って、時々陽の光を見たと思ったらそれは一瞬のことですぐに闇の底に引きずり込まれるが、暗い暗い水の底で自分は尚も自分の輪郭を保っていて、そういえば何故自分は水底にいるのだろうと思うとそれはぐらぐら煮立って黄金の水面から顔も忘れた父と母とはらからの姿が落ちてくる。ああ、俺は彼らと共に溶けているのだ、この千年リングの中で。
 そろそろ待ち草臥れた。しかし堕落はない。この手の中の刃がいよいよ研ぎ澄まされているのは時が近い証拠だ。これまで何人もの人間をこの炎で焼いてきた。千年リングと、そして邪神と心を共にしてきた。風を読むのは昔から得意である。
 匂いがするのだ。目蓋の裏に浮かぶのだ。暗い水面を震わせて声が聞こえるのだ。手が震える。喉元に突きつけられた刃が震える。目を見開いて水面を見上げる。これを持つべき者の手に、今このリングがあることを全身で感じている。
 白い肌。白い指。砂漠の外れに見る伝説の竜のようだ。そうだ、この手の持ち主は特別だ。俺を水底から引き上げる。そして俺と向かい合い、俺と目を合わせ、俺と言葉を交わすだろう。命の下に契約を交わすだろう。
 水面が懐かしい。早く俺に触れてくれ。早く俺を起こしてくれ。この刃を今こそ外に向けて突き出させてくれ。俺はこの瞬間を忘れないだろう。感動している。歓喜している。愛さえ感じている。正義は世界の中で揺らぐものだが、これだけは揺るがない。愛はこの世とあの世を結ぶ唯一つの感情で、俺の死と脆弱なお前の生の唯一の橋渡しだ。
 さあ世界を終わりに導く唯一の人間よ、お前の名を教えてくれ。俺に触れてくれ。俺はお前を宿主と呼ぼう。






盗賊王からバクラになる