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セックスの前の気分 横断歩道の半ばで立ち止まった、背後を顔の見えない化け物が列を成して歩いてゆく。丁度、獏良の歩む道筋と直角に交差するように、化け物はゆるゆると、顔の見えないのと同じ曖昧な速度で歩いている。口を大きく開けているのだけは解る。唇のない口には尖った歯が並んでいる。犬か狼に似ているような気がする、と獏良は化け物どもに背を向けたまま思った。 そうだ、背を向けたままなのに、頭の後ろに目があるようだ。 信号はいつまでも点滅しているので、化け物どもは悠々と道を横切る。長い列を成して、白く透けるような曖昧な姿で、唇のない口から乾いた風のような笑い声を漏らしながら、人間には聞こえない会話を楽しんでいる。獏良は化け物たちが無性に羨ましくなった。 「という夢を見た」 「そうか」 「何か感想とかないの? ツッコミとかさ」 「ツッコミも浮かばねえよ。意味不明じゃねえか」 バクラは首を捻って枕元の時計を見た。朝の六時、少し前だった。どちらにせよ、もう三十分と経たない内に起きるつもりだった。しかし、その手前で起こされるのは中々に不愉快だ。目覚め前の甘美な三十分。至福の眠り。それを了は容赦なく肩を揺さぶり、無理やりバクラを起こしたのだった。そしてバクラは枕に頭を乗せたまま、何故か肩を掴まれたまま了に見下ろされ、夢の話を聞かされた。 「心理分析ならフロイトでも読めよ」 「お前の感想が聞きたいんだよ、感想」 「……じゃあ、何でその化け物が羨ましかったんだ」 了はバクラを見下ろしたまま口を噤んだ。 「…何でだと思う?」 「だからオレが訊いてんだろうが」 「化け物はお前じゃなかった」 ずん、と心臓が重くなった。了の目はベッドの下を見下ろした。床に布団を敷いて寝ているのは盗賊王と子バクだった。 「あの子たちでもなかった。友達でも。ボクの知った人たちじゃなかった」 「……そうかよ」 了は軽く眉間に皺を寄せた。そして一言、何か言うのを我慢するような顔をして、俯き、ぬるい息を吐いた。 「ちょっとお風呂行こう」 「…行ってこいよ」 「お前も」 ベッドから引きずり出される。半ば呆れながらバクラは言う。 「もうすぐデカブツとチビが起きるぞ」 「その前に済ます」 「何でそんなにやる気なんだよ」 「お前なら喜ぶと思ったんだけどな」 「悪かねえけど…」 「…ボクは一人だったんだ」
2009.7.19
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