悪魔なバクラとショタな宿主

冬のロシア編




 目の前が白い。吐いた息がそのまま睫毛の上で凍りつく。見下ろすと鼻先まですっぽりとマフラーに埋もれている了の睫毛も白く、呼吸に難儀しているのか、ふか、ふか、と小さな音が聞こえた。吐く息の凍るのが煩わしいのだろう。こっちまで息苦しくなる。
 ホームはひどく寒かった。その日、最後の便に乗る予定だったが、外の大雪のこと、案の定列車は大幅に遅れていた。今夜は走らないかもしれない、と駅員が平然と言った。
「ホテル、行くか」
 バクラは尋ねたが少年は頑なに首を振った。
「シベリア超特急」
 声は、隙間風に吹き飛ばされそうな囁きだった。
「一等客車くらい他のでも取ってやるから、諦めろ」
「悪魔」
 了はぼそりと呟き、そっぽを向いた。仕方ない、とバクラは思う。事実、己は悪魔だからだ。日本から少年の了を攫ってこの世の終わりまでを旅する悪魔だからだ。
 バクラは少年の手を引いた。しかし了は動かなかった。ブーツで冷たいプラットホームをしっかりと踏みしめ、動かない。
「あんまり聞き分けがねえと置いてくぞ」
 それでも了は返事をしなかった。バクラが言ったままに実行出来ないことを解っているのだ。しかしバクラにしてみれば実力行使に出るまでで、コートやマフラーで着ぶくれしていても少年の身体はあまりに軽かった。つまり、ひょいと持ち上げることが出来るのだった。
「やだー!」
 泣き声が高い天井に反響する。
「悪魔! 悪魔!」
「貶してねえよ」
「シベリア超特急ー! 乗るー!」
 その時、その叫びが引き金だったかのようにベルが鳴った。バクラは足を止めた。了は泣き止んだ。天井のスピーカーから雑音まじりのアナウンスが聞こえる。さっき走らないかもしれないと言った駅員が、さも当然のようにホームに立つ。
 胴の底から震えるような鉄の音がした。二人はホームに立ちすくみ、化け物じみた鉄の塊が走ってくるのを見た。






ショタ誘拐、後