ヘルツ




 ラジオの向こうからボクの好きな音楽が流れる。ボクは周波数を合わせたくて手を伸ばす。お願いだから邪魔しないで。黒い影が雑音を多くするんだ。ボクはこの音楽が聴きたいのに! だってお前の声はボクの声じゃないか。ボクは聞き飽きたよ。独り言は昔から得意だよ。妹との会話はもっと得意さ。ほら、白いてが小さなダイアルに届く。指先をほんの1ミリ、右から左にずらすだけだよ。ボクに音楽をちょうだい。甘いもののように。安らかな眠りのように。勝利のように。
 ラジオ。ラジオ。ボクの好きな歌。ラブソングが壊れる歌だよ。この世のラブソングを全部壊して一人きりで歌う歌なんだ。灰色の大地の上で、涙も忘れて歌う歌だ。ボクはこの歌が好き。この歌を聴くと、ボクは死ぬのが怖くなくなる。今夜も怖がらずに眠ることが出来る。この音楽を聴けたなら、ボクはお前に優しくしてやってもいい。ボクの胸に広がる安らぎを、少しお前に分けてやってもいい。
 ラジオはテーブルの上から飛び上がって、ベランダに墜落する。ベランダから空に墜落する。ボクは足を大きく蹴る。空に向かってボクも落ちる。どこまでも落ちる。黒い影はボクの落ちる速度についてゆけず、遅れる、遅れる、消えてしまう。アリスブルーの薄い青空をどこまでもボクとラジオが落ちて行く。死ぬまで落ちていくけど、ボクは死ぬのが怖くないから、多分、死ぬまで安らかだ。
 さあ、おいで、バクラ。今なら抱き締めてあげるよ。お前のことをボクは全部赦してあげる。世界中が赦さなくてもボクはお前の髪の一筋から爪先の爪の先まで全部全部あますところなく赦すよ。お前が欲しがらない愛でお前を抱き締める。ボクは安らかで恐怖がない。こうなってくるとね、本当に、お前のことが好きだって、素直に言えるんだ。
 知らなかっただろう。何だかんだでボクはお前のことが好きだったんだから。
 好きなんだから。
 落ちすぎて意識が消えてしまう。死ぬ前に消えちゃうよ。ほら手を伸ばして、バクラ。今ならボクら、二人じゃなくて一人さ。二心同体が一心同体だよ。






2009.11.1