スリープ・イン・コールド

イート・イン・ラブ





 白い膝が見える。了の足は毛布を蹴飛ばして、そのくせ寒そうに震えている。バクラは夜闇の中でもそれと解る白い身体を毛布で包み、抱き締める。
 ぬくもりは恐ろしい。去ってしまえば、またあの寒さの中独りになってしまうからだ。寒いのは悲しく、寂しく、そしてやはり恐ろしい。そこに終わりはないからだ。だから了は春浅い夜、自分の熱さえ恐れて、毛布を蹴飛ばし、寒さの中で身体を震わせる。それはバクラもきっと同じだ。
 彼は覚えている。三千年前の記憶。三千年前から続く憎しみ。それらを覚えている。それを覚えている限り、この世に留まり続けられるのだろうし、また覚えている限りこの世にいてはならない存在なのだろう。赦されない。永遠に赦されるものではない。殺した人間の数も覚えていない。ただ、殺戮が悦びであったことは、疑いようのない事実だった。
 腕の中の白い身体が、自分を殺さなければならない、と考えたことがあるのを、またバクラは知っている。あるいはバクラが殺すか。
 宿主。千年リングに封じられていた魂を現世に蘇らせる器。彼の記憶は、この幼い宿主がリングを手にした頃から消えている。砂嵐に呑まれるように、彼の記憶は彼のものではなくなり、彼は気づけば再びあの世界にいた。砂漠の王国。三千年前の姿を明確に取り戻し、廃墟のただ中で乾いた風に吹かれていた。クル・エルナ。赤く染め抜いたあの服。しかし手にも足にも、あのきらめく黄金はなかった。
 彼は己の成すべきことを理解した。そして彼は再び惨劇の幕を引いたのだ。王墓へ向かい、先王のミイラを引き摺りだし、その手に、その身に黄金をまとって、王宮に踏み入れた。
 二つの記憶が重なり合う。重なり合い、微妙にズレた像を浮かび上がらせる。その最後は、闇の力によってその身をリングに投じ、宿主を待つ、あの三千年の闇ではなく。
「ヤドヌシ」
 乾いた唇から声が漏れる。この器は、宿主は知らない。もしもバクラがこの世から消えることがあれば、それは砂となって消えるのだろう。
 腕の中のぬくもりを抱き締めて、バクラは死ぬのが恐いと思う。死にたくない、と思う。今でも思う。罪を知っても、尚思う。でも、この宿主が殺してくれるならば。
 髪をかき分け、額に唇を触れさせる。
 戯れに思った。セックスの最中に殺してくれれば、多分、笑って逝くことが出来る。それほどに、いい。だから死にたくもないのだが、矛盾した思いは馬鹿馬鹿しくもバクラの中に共存していて、彼は了の額に口づけを繰り返す。
 そして、最後は喰ってくれればいい。オレは宿主の料理が好きだ。




BGM/unknown girl(アニー)