ワン・デイ・オン・アワー・ライフ





 何年か前、一緒にテレビを見ていたバクラが「これいいな」と言った。ハイビジョンで映されているのは荒れた海だった。白い波にもまれるように漁船と人の姿が映っていて、そこに映った高倉健似の男は本マグロを一本釣りしていた。
「…………え!?」
 理解に時間がかかったのは、僕が自分の受験のことを考えていたせいだろうか。
「ちょっと待って、それって未来の展望?」
「これなら、やれるきがするぜ」
「待ってよ、マグロ? マグロなの?」
 えものはでかいほうがいいよなあ、とバクラは腕を組んで頷く。
 僕は叫ぶ。
「マグロの本場って大間だよ? 嫌だよ、そんなギリ本州みたいなとこ!」
 大間の人が聞いたら怒りそうな発言だ。
 でも、僕らは結局、海辺の町に住んでいる。流石に大間じゃないけれど。大学へは電車で通っている。童実野町からも離れてしまったけれども、あの頃の友達も皆それぞれの道を歩んでいて、一番遠くに行ったのはやっぱりかねてからの夢を実現させた真崎さんじゃないだろうか。ニューヨークが最遠方記録。意外とあの町を離れていないのは、あそこに本社を持つ海馬くんかもしれない(勿論、あちこち飛び回っているという話だけど)。それと、本田くん。
 童実野町に帰った時は、必ず会う。バクラとは、あの春、紹介したあの日、見事なクロスカウンターを決めて午後のファミレスを騒然とさせた。今では、僕以上に遠慮のいらない付き合いみたいだ。そう言えばバクラは城之内くんとも結構気があった。拳で語るタイプ、とでも言うのか。
 夕方の電車は混んでいる。僕らの住む町の港は結構大きくて、色んな船が停泊している。電車がトンネルを抜けると、海岸沿いの遠景にその姿を見ることが出来る。僕はドアの窓に張り付いた。眩しい夕陽の中、一際派手な大漁旗を揚げた船があった。僕は、今日の夕飯のメニューを変更する。
 駅前のスーパーで肉料理を中心に据えた買い物を済ませ、アパートへ急ぐ。どうやら間に合ったらしく、部屋に鍵はかかったままだ。
 カーテンを開け、潮の匂いのする風を部屋に入れる。カーテンがはためき、読みっぱなしで広げていた新聞が乾いた音を立てる。ちょっと、掃除をサボってたかな。そうだ、また写真の整理をしなきゃ。こないだの、遊戯くんとのデュエルは海馬くんも見に来た。すごく文句を言ってたんだけど、一緒に写真を撮ったんだっけ。また抽斗に入れっぱなしになっている。僕はよく、それを取り出して思い出す。
 でも、ひとまず夕飯の支度。エプロンをかけ、伸びすぎた髪をくくる。メインディッシュはハンバーグ。定番すぎたかな。ソースで煮込むことにする。フライパンではぜる油の音。そこにソースを流し込み、コンロの火を調節するために屈み込む。
 とその時、勢いよくドアを開ける音がした。潮の匂い。それに混じって日の匂いや、乾いた砂の匂い、何だか懐かしい匂いがする。
 僕は立ち上がって、ドアの前に立つ。
「宿主、ただいま」
 トロ箱を抱えて、バクラが笑っている。
「おかえり、バクラ」
 バクラが帰ってくる。何度でも、僕らの部屋に。
 僕はバクラを出迎えるこの瞬間が、キスと同じくらい大好きだ。




The story end, life goes on.