レッド・アイ・シンドローム 現像された写真を、遊戯は照れながら手渡した。 「ボク、下手なんだよなぁ」 夕暮れの遊園地で撮った写真は、赤目現象を起こしている。隣から覗き込む城之内が、獏良、ウサギみたいだな、と言って笑った。 「ふ…、城之内君はどっかの特撮の悪役みたいだよ」 笑い返すと城之内は怒るよりも嬉しそうに首をホールドしてくる。 「ギブギブ、ボクそんなに強くないんだからさぁ」 「知ってっか? ウサギて性欲おーせーなんだぜ?」 「知ってるよ。城之内君は知らなかったの?」 え? ウサギ? と少し顔を赤くしたのは遊戯の方で、この程度で照れてんじゃねーぞ遊戯、と城之内の興味はそっちに逸れる。 「よーし、今度は別の貸してやんねーとな」 「ちょ、大声で…」 「何? 何の話?」 声を聞きつけて杏子が首を突っ込む。獏良は輪の端に移動し、にこにことそれを眺めるふりをしながら、写真のことを忘れようとした。 この集合写真を撮った記憶が、ない。 遊園地に行ったのは先週の土曜だ。昼から出かけたので、夕方遅くまでいた。最後は観覧車に乗った。獏良が越してくる前に起きた事件について聞いて、笑ったり、新たなゲームに興じたりした。 赤い眸。帰宅した獏良は鞄から取り出した写真をじっと見つめた。赤い眸。綺麗に笑った自分の顔。人形のように美しく整えた微笑。吸い込まれるような感覚に委ねる。やがて意識が暗闇の中にすとんと落ち込むのが解る。獏良は顔を上げた。階段はなかった。扉が一枚、あるだけだった。獏良はノブを握りしめ、押し開く。 鏡が一列に並んでいる。右から左へ。否、始まりはなく、終わりもない。果てなく並んだそれは合わせ鏡の無限回廊を具現化したように無機質で美しく、獏良はわずかに身震いした。そっと足を踏み出し鏡と鏡の間に身体を入れる。 同じ顔が映る。しかし、それは自分ではない。赤い眸。そして獏良そっくりの戸惑いを顔から消し、短く嗤う。 「よォ」 と、そいつは唇の端を歪め、いつもの見下すような薄笑いを浮かべた。 「今日は何がご不満だ、宿主様」 いざ目の前にすると獏良の思いは目の前の鏡面のように静まり、顔までが表情をなくす。 「宿主様も写真に映りたかったのか?」 「お前」 獏良は目を細めた。 「あんな顔もするの」 鏡像は口を噤む。赤い眸が、自分を真似るように細められる。 「ボクの真似するの、好きなの?」 腕が、襟首を掴む。いつの間にか、獏良が鏡の中にいる。 「ちょいと、口の利き方が生意気じゃねえか?」 「ボクは宿主なんだろ」 鏡が軋む。このまま割れたら、自分の存在も、かつてダイスと一緒に砕けたように、また(今度こそ本当に)死んでしまうのだろうか(もう代替の心などありはしない!)。 が、そいつの顔にはまた薄ら笑いが戻っていて、獏良は鏡の外にいる。鏡を隔てて、向こうにあいつがいる。目の前に映っているのは、自分自身の映し身だが。 「だってこの身体はボクのものだよ。ボクが写真に映るのは当然じゃない?」 映し身はにっこり笑って、獏良に言う。 獏良は息を飲んだが、相手の真似をするような芸当は出来なかった。 たたみ込むように映し身は言う。 「もうゆっくり眠りなよ。疲れただろう? この世界は辛いことばかりさ。出会う人間、触れ合う人間、皆、キミを傷つけるよ。そんな目になんか、遭わなくていいじゃない。ボクが替わってあげる。キミの傷もボクが引き受けるよ。妹もいないこの世界なんて、つまらないじゃないか。ね?」 映し身は近づき、鏡面を隔てて獏良と触れ合わんまでのところで優しく微笑む。 「ボク、キミのことが心配なんだよ?」 「…ボクを騙すな」 「キミのことが好きなのに」 がたり、と音がした。一瞬の無重力感覚の後、身体はニュートンの発見した法則にのっとって床に落ちた。しかし獏良は痛みに呻くこともなく、大きく息を吐きながら、宙の一所を凝視した。心臓が激しく脈打つ。 見開いた目が、凍りついたように痛んだ。
は、初めてAIBOとぼんこつを書いた…。
|