多分、哀しい、日々




 クローゼットの中で膝を抱えて待っている。いい大人のすることではないが、人生がせいぜい七十年だか八十年で、樹木が何百年も生き、太陽が燃え続け、銀河がいつかブラックホールに飲み込まれるまでの時間を思えば、赤子どころか精子になるまえに生まれて死ぬような気がして、大人という概念も馬鹿らしくなったので、取り敢えず、そうしてみたのだった。
 静かで、本当に死んでしまったかのようだ。こんな穏やかな死を知らない。
 クローゼットの扉の向こうで生きている女の気配がする。ビアンキがバスルームを出て歩き回っている。タオルを探している。ああ、開けられてしまう。
「見つけた」
 ビアンキの白い腕が躊躇わず伸びてきて俺を抱き締める。
「探したのよ」
 そして彼女もクローゼットの中に入り込む。二人は無理だよ。扉が閉まらない。
「じゃあ、出てくるしかないわ」
 午後二時だった。窓の外は明るかったが、俺たちはベッドの上に転がる。
 たった五分だ。置き去りにされた俺の穏やかな死。
 さようならだ、ブラックホールに飲み込まれるその時まで。