ソロモンの箴言




 山本、と呼ぶ声に引き摺り戻される。腕の中で沢田は真っ白に冷えた肌を震わせていた。毛布で包み込むように抱き締める。五月なのに酷く寒かった。所によっては雹が降ったらしく、何度も同じニュース画像が流れている。握りこぶし程もある雹をリポーターが拾い、その頭にまた同じほどの大きさのそれが襲いかかる。ベッドに入る前、沢田は、あの人は無事かな、と言った。同じように自分の命も心配されたのだろうか。ふと考える。
 誕生日は血の匂いに噎せ返っていた。すぐに帰ることも出来たが、あまりの流血に、しばらく身を隠すこととなった。今朝、夜の明ける前、ようやく沢田の下に帰ってきた。昼の間は寝て過ごし、そして夕暮れ時に沢田にベッドに誘われた。
「獄寺は?」
「いいんだ」
 繋がったまま、沢田は誕生日おめでとうと言った。二十四歳おめでとうと言った。干支二周りおめでとう。俺の側にいてくれてありがとう。生きて帰ってきてくれてありがとう。
 山本はそれに一つ一つ応える。ありがとう。どういたしまして。そんなに言われると何だか勿体無いぜ、ツナ。ありがとう。ありがとうな。
「俺、もっと山本と寝たい」
 沢田は囁く。
「でも、それよりもっと、山本と一緒に歩いたりしたいな」
「歩いたり?」
「食べたり、話したり」
 そうだ、話そう。沢田は言う。カンバセーションしよう。
 しかしそれから先は黙りこくってしまい、山本はまた肌寒い空気が毛布の中に滑り込もうとするのを感じる。だから、今度は沢田の身体を引っくり返して、またすることにする。もっと寝たいという沢田の要望に応える。
 沢田の首筋に顔を埋め、肩を舐める。背を舐める。沢田の匂いを身体の芯まで染み込ませる。血の匂い。硝煙の匂い。マイトの爆ぜる音。それらと混じり合って、いつの間にか血の匂いが沢田の匂いになるまで。沢田がもう駄目だと泣いてもやめなかった。
 ああ、ああ、と嘆きのように、沢田は声を漏らす。
「やめないで…」
「…ああ」
 山本は応える。
「山本…、俺ね」
「何?」
「三人で寝たいなあ」
「え?」
 顔を覗き込むと、沢田は泣きそうな目をして、俺、と小さな声で言った。
「山本と、獄寺君と、三人で寝たい」
「お前…ツナ……」
「本当に」
 沢田は涙をにじませながら笑う。
「俺、山本みたいに獄寺君を抱いてみたい」

 すごいタイミングだったね、と山本の頭を抱いて沢田が笑う。山本は弛緩した顔を半笑いにしながら沢田に抱かれるまま抱かれている。
「あのさ、馬鹿にしてるんじゃないの、解ってる?」
 山本が返事をしないでいると、沢田の腕が強く抱き締めた。
「俺、こんな山本みたいに、獄寺君を抱いてみたいんだ。本当だよ」
「…優しいな」
「優しいんじゃなくて」
 沢田が腕を解き、山本の顔を覗き込む。
「俺だって、俺が獄寺君を抱くんだったらさ、多分……」
 言いながら沢田の顔は赤くなる。
「多分?」
 山本は尋ね返す。
「…こんな感じなんじゃないかな」
 沢田はまた泣きそうな目をして言った。
 その目を見詰めていると、不意に涙は目の縁を越えて山本の上に落ちた。山本は手を伸ばし沢田を掻き抱く。
「ツナ、何でも言ってくれ」
「え?」
「何でも。何でも願うものを与えよう」
「それじゃ逆だよ。誕生日プレゼントのはずだったのに…」
「いいんだ」
 じゃあ、と小さな声で沢田が言った。
 死なないでくれ。熱い息が震えながら言った。ちゃんと生きて帰ってきてくれ。
「ありがとうな、ツナ」
 それから下らないお喋りを続けて、夜中に眠った。





日記に書いた山本誕の加筆。どのへんがソロモンの箴言なのか…。