死ぬ前の日の気分




 山本はラジオもつけず雨の中、愛車のアルファロメオを走らせ自分のヤサへ向かう。本当はボンゴレの屋敷に部屋は余っているし、そこに住んでしまった方が何かと便利なのだろうが、やはり自分の家があるというのは良いものだと思った。特に沢田に振られた日などはそうだ。
 自分が二十代半ばであることを考え、もうすぐ四半世紀を生きることを考え、日本人男性の平均寿命を考え、先月も出た葬式のことを考えた。すると心が静まり、ステアリングを掴む手が軽くなり、雨音の一つ一つが全く違う音色を持っていることを聞き分けることが出来た。
 少し離れた場所に車を止め、店でワインを買ってから自分の部屋に向かう。グラスは常にペアで用意していたが、この部屋でその二つ目を使ったことは一度もない。山本はカーテンを開け、ガラス窓も押し上げた。細かな雨の粒が窓の桟を濡らす。その上にちょうどバランスをとってグラスを置き、ワインを注ぐ。
 ワインは美味かった。街は夜に入る直前の奇妙に明るい青い空気に沈んでいた。山本は雨音を一つ一つ聞き分け、その音色に聞き惚れながら、今撃たれたとしても自分の人生に後悔はないと感じる。
 時々、一年に一度か二度、やってくる気分だ。