リン・リン




 あなたの言葉一つで俺は無敵になれる。
 受話器を置いて俺は戦争に出かける。あなたの声を聞いたから、俺にはもう目の前の恐ろしい出来事も舞う花びらのようで、死さえ忘れて空薬莢の散らばる床を踏む。あなたの声を聞けば、俺は何一つ恐ろしくない。全てが美しく、何事もが色彩を持って俺を包む。あなたの声一つ、世界を彩る何千何万という色が生み出されるのは、たった今、俺が手放した受話器から聞こえる、あなたの声一つだ。
 俺は強くない。俺を救ってくれたのはいつでも、あなただった。あなたがいなければ、俺の生は十年前、疾うに終わっていたはずなのだ。そんな俺だけど無敵なのは、俺が怖がるからだ。死の瞬間を恐怖するからだ。俺は痛みを厭わず、前に進むことを躊躇しない。しかし俺は死を恐怖する故に、必ずあなたの元へ帰る。それを教えてくれたのも、あなただった。
 俺は打たれる。撃たれ、撲たれ、俺を討とうとする男達の取り囲む只中に立つ。だけど、今の俺はこの圧倒的な殺意の渦さえ、青い風のように、この身の全てで受けることが出来る。怯まず、敵意のただ中へ走ってゆく。だから、何度でも立ち上がり、目の前の人間を一人一人と打ち倒し、あなたの待つ街へ帰る列車の待つ駅まで走る。
 あなたに電話をかける。駅のホームで。高い汽笛の音が邪魔をする高い天井の下で薄汚れた午後五時の光を受けながら、俺はあなたに電話をかける。

 ――獄寺くん?

 ああ、愛していると言うのは苦しい。俺の手の血をあなたも知っているのに。俺を守るためにあなたも血を流したのに。俺だけじゃない、あなたとて血の色を知らない訳ではないのに。いいや、知る必要などあるものか。こんな。惨めな。残酷な。世界の。只中に、ただあなた一人きり、俺には太陽のようで。スミレのようで。ピアノのようで。愛のようなあなたに、俺は電話をかける、何と言おう。
 俺は仕事の報告をする。死人の数を正確に報告する。電話の向こうであなたは悲しみ、しかし俺にねぎらいの言葉をかける。

 ――お疲れ様。早く帰ってきて。

 あなたの言葉一つで俺は元気になれる。切符を買って、列車に乗り込み、居眠りもせずにあなたの待つ街へ向かう。あなたに跪いて愛していると言うまで、俺の生は続き、愛していると言うからこそ俺の生は続く。