センチメンタル・ライン




 アンディ・ウォーホルの天使の絵の描かれたポストカードがトマゾファミリーの八代目
ボスから届いた時、ボンゴレの屋敷内はほんのちょっとだけ騒然となり春の風を震わせた。
 窓を締め切った執務室は薄暗く、床は冷たい。外から帰ってきた山本が、ひょっ、と奇
妙な声を上げ、涼しー、とネクタイを外したところから、外はいい陽気なのだろう。山本
は外したネクタイをくるくると手の中で弄ぶと、デスクの上からポストカードを取り上げ
た。絵の下に印刷された文字を読み上げる。
「親友とコンタクトをとりたいときは、いろんなメディアのなかで、いちばん独占的で、
くつろげる方法をとらなきゃ。……電話で」
 ネクタイを弄ぶ左手の指が止まる。
「電話?」
「らしいよ」
 沢田はデスクに頬杖をつき、山本を見上げた。山本は天使の絵から、沢田に視線を移す。
沢田は絵の中の天使のように電話を目の前に置いて待っている。イラストの天使は楽器を
手に音楽をかき鳴らしながら待ち遠しそうにしているが、沢田はひたすら退屈そうだ。
「…獄寺は?」
「一応、トマゾの方に。今日はリボーンがいないから」
「ん? リボーンは?」
「デートデート」
「ははあ、モテんなあ、あの小僧」
「俺さあ…」
 見ると沢田の顔は曇っていた。彼は自嘲気味に唇を歪める。
「最初、京子ちゃんだと思ったんだよねー」
 アンディー・ウォーホルの天使が指差される。
「男がこのアプローチはないだろ?」
「オカマっぽいか?」
 すると沢田はぶすっと黙り込んだ。
 山本はデスクを回り込み、沢田の足元に跪くと、悪い悪い、と手の中から飴玉を取り出
してみせる。簡単な手品だ。
「今はこれが精一杯」
「ルパンっぽいよなー、山本って。女たらしでさ」
「男もござれ、だぜ?」
「牛もだろ」
「それはリボーンの管轄」
 よかろう、機嫌を直しましょう、と沢田は山本の手から飴玉を受け取る。
 山本は普段の獄寺のポジションに立ち、再びポストカードを目の高さに持ち上げる。
「で、事実、どうなんだ」
「毒物反応なし。仕込み剃刀もなし。マイクロチップの存在もなし。爆発の危険性なし」
「何もないな」
「多分、センチになってんだよ」
 中二から馬鹿な付き合いの続く内藤ロンシャンの大雑把な顔を思い浮かべ、山本は眉を
寄せる。センチだなどという言葉がまずもって似合わないのだが。
「細長い人、いるじゃん。糖尿なんだって」
「へー」
「俺だって、リボーンに何かあったらヘコむし」
「糖尿のリボーンか」
「糖尿じゃなくてもね」
 沢田は苦笑すると、電話を手前に引き寄せた。
「親友、の電話ってことだろ」
 獄寺くんは何があるか解らないからって出かけていったけどね。沢田は椅子の背にもた
れかかると瞼を閉じて言った。
「しばらくここにいてくれ」
「いいぜ、ボス」
 沢田の片目が開き、山本をじろりと見上げる。
「ツナ」
 山本が訂正すると、沢田は瞼を閉じて、すぐ軽い寝息を立て始めた。

 その夜、かかってきた電話に沢田は少し夜更かしして話をした。
 屋敷は静かで、少し冷え込む。
 執務室の前では山本と獄寺が、時々くしゃみをしながら、トランプをしていた。






絵は「電話と2人のスプライト・エンジェル」を参照。

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