Thank you and good morning.

山本とビアンキ ver.
 起きぬけの山本は、窓から射す朝日の中で洗い髪を朝露のように光らせたビアンキがパンにジェラートを挟んでもりもり食べているのを見て驚く。
 ついでにベッドの中の自分が綺麗に服を着ていることにも少々驚き、それなのにビアンキが服を脱ぎ散らかしてバスローブ一つで上気した肌を晒しているのが、いかにも子ども扱いされているようで何だかくすぐったかった。
「ネクタイくらい解いてくれてもよかったんじゃないスか?」
「寝ている子供を襲う趣味はないわよ、山本武」
 山本は苦笑しながら自分でネクタイを解き、襟をゆるめる。
 向かいの席につくとビアンキがチョコレートのジェラートをたっぷり挟んだパンを差し出した。
「食べていきなさい」
 それは白魚のような指の中で既に不気味な煙をあげ、ブショアアアア、と不穏な音を立てている。ビアンキはじっと目覚めたばかりの男の目を見詰める。しかし山本は躊躇わず、それを受け取った。
「グラーッツェ」
 山本は一口それを頬張り、涙を溜めた目でウインクする。ビアンキは、ふ、と笑った。
 新しい朝が来た。清々しく、全くもって健全な朝だった。




 テーブルの上には金槌とコーヒーと空に近いシュガーポットが載っている。足下には椅子の残骸。日曜大工に失敗したモレッティはねぎらいのティーカップを持ち上げ口に運んだが、一口含んだところで己が過ちに気づき心から後悔した。一瞬、塩は身体にいいんだ、と思い込もうとしたが、嚥下した瞬間に胃から湧き起こる不快感に大人しく敗北の塩コーヒーをシンクに捨てる。
 捨てたところで玄関のドアがノックもなしに開き、昨夜鍵はかけていた筈だがと防犯の反省会を開く前に現われたのは飲んだくれの医者であった。医者はテーブル脇でただの木片と化した椅子の残骸を一瞥する。
「お出迎えの準備が出来てねえだろ」
 酷い声だ。どんなに悪い飲み方をしたのだろう。
「こちらは、来るなんて聞いてませんがな」
 医者は言い返すこともなく、手に抱えていた紙袋を乱暴にテーブルの上に落とす。金槌とほぼ空に近いポットが音を立てて跳ねる。
「何です、こりゃ」
「……口直しだ」
 取り出すと山のような缶コーヒーだった。モレッティの頬はみるみる緩む。彼はクロゼットから簡易椅子を引っ張り出し王侯に接するように医者に勧める。
「グラーッツェ、ドクター・シャマル」
 医者が簡易椅子を軋ませる傍らにモレッティは尻をつき、工場生まれの凡庸な味のコーヒーをボルドーのように歓びをもって味わった。
Good morning coffee ?

モレッティとシャマル ver.




Have a good morning.

沢田と獄寺 ver.
 とても早い朝だった。しかし夏の太陽はもう既に街の端から顔を出し、カーテンが光を含んでいる。沢田は慌てて飛び起きるとシャツを引っ掛け、ズボンに転びそうになる。取り敢えず上着は掴んで羽織って、少しは見れた格好にしたつもりだが、寝坊には違いない。
「獄寺くん!」
 獄寺はスーツケースを一つ手に今しもアジトの玄関を出たところだった。沢田が後を追って飛び出すと居間にいた部下も慌てて沢田を追いかける。
「十代目…まだお休みだったんでしょ…」
「だってマフィアランドまで出張だろ? だいぶ会えなくなるじゃん」
「一月もすれば帰ってきますから…」
「あーのねー」
 沢田は腕を伸ばすと獄寺の鼻を抓む。
「寂しいのは俺だけだって言わせるつもりなわけ?」
「も、申し訳……」
「違うだろ」
「グラーッツェ、ボス」
 そのとおり、とようやく沢田は鼻を抓む手を離す。そして朝日のように一杯に笑って、その手を差し出した。
「気をつけて、いってらっしゃい」
「…いってきます!」
 獄寺はその手を力一杯握り返す。後ろで一連の事態に部下が呆れながら笑って手を振っていた。




 歯を磨いていると、小さな窓の向こうに見える街並みが突然キラキラと光り始めた。夜の間中降っていた雨が止み、朝日が顔を出したのだ。ランボが歯を磨く手を休めそれに見惚れていると、急に脇腹を肘で小突かれた。
「何だよ!」
 リボーンが不快そうな顔をして佇んでいる。寝起きで機嫌が悪いのかと思いきや、じっとこちらの口元を見ている。ランボはようやく口の端を流れ落ちている歯磨き粉の泡に気づく。
「うわ、パジャマ汚れた!」
 す、とタオルが差し出される。ランボはリボーンのその手を未確認生命体でも眺めるように見つめ、ようやく一言口に出す。
「グラーッツェ」
 リボーンは不快そうにぷいと踵を返し、さっさと身支度を始める。ランボは口元と汚れたパジャマを拭う。リボーンはきびきびと身支度を終え、早速部屋から出て行こうとする。不意にランボは堪らなくなり、叫んだ。
「あのな!今の本当にありがとうって思ったんだからな!社交事例じゃねーんだぞ!」
「グダグダうるせーなアホ牛!」
 警告もなく撃たれたので負けじと反撃しようと角を装着したが、足元のマットに滑って転んだ。それでもランボは泣くのを我慢し、床から顔を上げた。
「本当だからな!」
「知ってる」
 今にも泣きそうな顔に黒い帽子が押し付けられた。帽子の影でランボは泣き出した。
Don't cry in good morning.

ランボとリボーン ver.




Good morning, anybody.

ランチア ver.
 冬のパリリと音を立てそうな朝の冷気と底なしに晴れ渡った青い空の下にランチアは身を晒し、特に意味もなく笑った。昨日までの息詰まるような日々が嘘のように、今朝は清々しい空気が身体に満ちる。石畳と古いアパートメントの街並み。静かに流れる運河。それらをひどく懐かしく感じながら彼は朝の大通りを歩き出す。
 今朝から誰かに呼ばれているような気分だ。
 露天で軽く腹を満たし、朝の賑やかさの中を少々不穏な容姿ながらも陽気な笑顔を浮かべて通り過ぎる。人の声が懐かしい。そうだ今日はあいつらを誘ってカードでもやるか。まずボスのところに顔を出そう。オヤジとも随分会っていないような。
 今朝から誰かに呼ばれているような気分だ。
 ふと気づくと大通りから人が消えている。何故だろう。仕事へ出る人の群は。学校へ行く子供の姿は。どうして清々しい空気の中に俺一人しかいないのか。朝日の射す石畳の大通り。止まった路面電車。ただ一人行く自分。しかし全く不安ではない。今朝はもう不安ではない。
 今朝から誰かに呼ばれているんだ。
「ランチアさん」
 誰かが俺を呼んでいる。呼ばれた名前に俺は「ありがとう」と返す。清々しい気分だ。身体が軽い。だからもう少し朝の大通りを歩く。夢の景色を歩く。