MY BABY SHOT ME DOWN




 セックスの最中に絶望するのはいつものこと、ではない。
 鉄の味がする。一瞬、銃口を口にくわえたかと思う。薄く瞼を開くが、何も見えない。
唇を噛み切ったのだと気づくまで時間を要した。痛みを感じない。こんな自分で傷つけた
程度の些細な痛みでは足りないのだ。唇の内側から次々と溢れ出す血を嚥下しようとして
噎せる。シーツの上に血が飛び散る。しかしこの男は構わない。ほとんど服さえ乱しはし
ない、この黒服の男。
 リボーンはランボを十八番目の愛人にすると、酷く傲慢に、そして軽蔑さえしているか
のような目で見下して宣言すると、自らのたもうた言葉に違えず、その場でランボを組み
敷いたのだった。
 あんな恐怖は感じたことがなかった。ローティーンで初めて女を抱いた時も、否、歳が
まだ二桁に上らぬ内に焼けた銃口をこめかみに押し付けられた時でさえ、慌て、ふためき、
暴れ、抗いしたことはなかった。何するんだ! 何するかだと、カマトトぶんじゃねーよ
牛。 服返せ! 返してやるさ。 今っ、今すぐ! あの日、今?という嘲笑の囁きと共
に重なった唇と捻じ込まれた舌にぞっとした。腰から頭へ悪寒が抜けた。服は、返すつも
りなのだろう、床の上に落ちているが、それは引き裂かれず済むということだ。パンツな
ぞボロ切れと化して視界から消えた。
 あの夜から、何度絶望を味わったろう。そんなに溜まってるならお人形でも買えよ、お
前が好きなお前のボスそっくりのだって、作らせられるだろう。一度、怒り任せに取り返
しのつかない言葉を滑らせたことがあったが、その時は半殺しにされ、尚犯された。愛人
と言うのは所有される物なのだと理解するまで、ランボは何度も死ぬ目に遭わなければな
らなかった。それなのに。
 唇が重なる。無理をして後ろに捻った首が痛い。薄く瞼を開くと、ネクタイを外す乱暴
な手つきが見える。その後ろには真っ白に光る窓。真昼間もいいところだ、下の階ではレ
ストランの客が賑わっている。酒と貝とスパゲッティに舌鼓を打つのが、初め聞こえたの
だが、
「余所見すんな」
 身体を仰向けにされる。ひっくり返った亀だ。ただランボはもうジタバタできない。薄
目を開けて見ると、細いくせにしっかりと筋肉のついた裸に汗が光っていた。
「あ? 痛くて集中できねーのか?」
 リボーンは指を伸ばし、ランボの唇を捲ると、べろりと舌で舐めた。
「この程度が痛いか?」
 間を置かず、あの恐怖を呼び起こす痛み。僅かに開けていた瞼もぎゅっと閉じる。歯を
食いしばって喉で泣くと、また鉄の味がする。くくくと笑う声がかすかに聞こえる。
「痛いわけねーだろ? ん?」
 両の頬を手で包まれ、それから口付けが落ちてくる。そう、キスが。娼婦のように勢い
こんで吸うのでもなく、ボスのように優しく触れるだけではなく、そのキスはまるで当た
り前のようにランボの唇を食む。
 その重ねられる刹那、勘違いをしてしまう。小さな希望を見てしまう。背中に腕をまわ
し笑われると、埋めた首筋の汗の匂いをかぐと、この身体で何度も果てるリボーンの腰に
足を絡みつかせ、ぎゅっと抱き締めると。自分でも、まさか、と否定してしまいそうな小
さな希望を。
 唇が離れる。
「鉄の味がするな」
 その掠れた声に、急に胸が苦しくなる。ランボは顔を背け、また余所見をするなと引き
戻される。薄く、ほんの紙の一重程も瞼を開くのが怖い。リボーンの表情を確かめるのが
怖い。この感情を知ってしまうのが、あの夜の恐怖のように。









ナツミ缶P-BBSに投稿した、ナツさんへの誕生日プレゼント第1弾。

ブラウザのバックボタンでお戻りください。