真昼の情事、その後




 電話なんて嫌いだ。と思ったら手が動いていて床にはプラスチックと軽い金属の破片が
散乱していた。古アパートの床には傷が入り(構うもんか、管理人の婆さんにはこんな床
の傷、見えやしない)、引き千切られたコードが死んだ蛇のように緩いカーブを描いて垂
れている。ジリジリと電線を伝う最後の音が聞こえた気がした。
 裸体を湯のように包み込んでいた生温い空気が、ナイフでも滑らせたかのように裂かれ
る。冷たい素足が顎に触れた。ランボは床に膝をついたまま素足の主を見上げた。光さえ
吸い込むような黒い一対の眸がベッドの上から自分を見下ろしている。その手には受話器
が握られたまま。突然それは、ひゅっ、と音をたててランボの頭上を飛び越えた。また物
の壊れる音、散らかる音が響く。最後まで閉じきらないカーテンの隙間から射す黄昏の光
が、散らかる骨のような破片たちの上で鈍く反射した。
 唐突に、ランボの顎を持ち上げていた素足が向きを変え、軽い勢いをつけてランボの顔
を蹴った。あっ、と息つく間もなくランボの上体は揺れる。バランスを崩したところ、彼
の長い腕はその背中を鋭い破片から守らんために背後に伸びる。
「うっ…」
 ランボは小さくうめいた。掌の柔らかい肉を破るプラスチックの硬い感触があった。
「は」
 軽い、息を吐き出すような声が頭上に降った。リボーンは、笑っていた。カーテンを越
して射す淡い残照の中で、その黒い眸に嘲りと、軽い満足感を込めて。否、何より無表情
に。その眸はもう、ランボを見てはいない。使い捨ての娯楽と、使い捨ての感情に飽き、
既にその眸にとってランボは供される空疎なテレビ番組以下だ。
 リボーンの手が枕の下に伸びた。すわ、とランボは身を固くしたが、その手に握られた
のはお馴染みの黒金ではない。携帯電話、だった。彼は画面を見るともなし見て、無造作
に短縮ダイヤルを押す。耳に当てると、視線はもうランボを忘れ天井を漂っている。
 そんなに、つまらないかよ。
 ランボはゆるゆると身体を起こした。ずくずくと痛みの走る右手を目の前に出す。プラ
スチックの食い込んでいたところは僅かに皮膚が破れ血が滲み出している。ベッドの上で
は気のない会話が始まる。誰だ。相手は誰だ。名前を呼べよ。ランボは眼を伏せて掌を舐
める。血の味がする。鉄の味だ。だから銃口を口に突っ込まれたときのことも思い出す。
あのときリボーンは…。
 ああ、と声にならぬほど微かに嘆息した。身体を折り、ベッドの角を抱くようにうつ伏
せる。会話はダラダラと続いている。横目に見るとジッパーはまだ開いたままで、ほんの
さっきまで暴れ狂っていたそれが見え隠れさえするのに。声を嗄らして泣いた男が、掌か
ら血を流し俯いているのに。
 そんなに、つまらないかよ。
 抱きたい。殺したい。抱かれたい。また銃口で狙われるのでもいい。口の中に突っ込ま
れたら、今度は舌で舐めるだろう。食いついてやる。お前がショックを受けて、いつまで
も俯いているようなセックスをしてやる。俺は伊達にお前と寝てるんじゃないんだ。お前
が教えた俺の身体が、お前に復讐する。自業自得はマフィアならずとも世の習いだろ?
 それでも。ランボは顔を上げた。目の端でリボーンの爪先が上下に動く。ランボは足の
どこかが震えるのを感じる。麻痺した足を放って、腕だけで上半身を起こす。身を乗り出
す。ひょいっ、と揺れる親指に、ランボは舌を伸ばす。
「は」
 息の抜けるような声がした。
「切るぜ」
 携帯電話の向こうから不意に荒げられた声が聞こえた。しかしランボはもうそれを聞い
ていない。親指を口に含み、動こうとするそれを舌で押し留める。歯を立てる。
 短く切れるようにリボーンは笑っている。牛が一匹、物欲しそうな顔してやがんだ、俺
はこれでも慈悲深いからな、
「相手をしてやるのさ」
 携帯電話がリボーンの手から離れる。それは暮れなずんだ部屋の暗い壁に当たり、音を
たてて壊れ落ちる。しかし床の上の破片は光を失い、ランボに伸ばされた腕も、白い軌跡
だけ残して夜の青い影に溶けた。








8/5深夜から始まった狂牛病棟24様の耐久絵チャを見学させていただき、
その時、描かれたランボの一人、山岡様のランボに着想を得て書かせていただいたもの。
Present for 山岡様。
そしてあの時絵チャにいらっしゃった皆様へ。

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