バッド・エデュケーション




 ベッドの上に脚を広げて座った沢田の股間を掴み、ああ、男だ、と声に出さず思った。
 しかしそれは声に出して相手に伝えたいほどのことで、山本は沢田の耳に唇を近づけ、
ああ、お前は男だ、オレと同じ男だぜ、と女受けのする低い声で囁いてやろうかとも思っ
たが、それをやっても沢田は救われやしないし、山本の仕事は終わらない。これは仕事だ?
オレはずっと前からお前とこうしたいと思っていたけど、ツナ、今一つパッションと情欲
だけでお前を押し倒すには、オレは意外に歳を取ってた。たかだか二十三なのに。
 本来ならば獄寺が抱いてやるべきだ。売春宿のお姉ちゃん達に鍛えられたこの業には自
信があるが、しかし沢田を抱くこと、泣かせること、汗まみれの身体に溺れさせることが
できるのは、多分獄寺だけだろうと山本は思っている。俺は精々、射精を助ける程度、で、
ツナが自分が生きていることを忘れられるのは、ほんの、そうその瞬間くらいなもんだろ。
射精の直後に、唐突に猛烈な後悔が押し寄せる、あの瞬間のように、次の瞬間には冴えて
冴えて余計に悲しくなるんじゃねえか?
 生きていることは、今でも時々、怖い。山本も怖い。イタリアに来たばかりの頃は、怖
くなかった。全然、怖くなかった。死ぬことが怖かった。生き延びると嬉しかった。一晩
中、女の身体を離さなかった夜もあった。セックスは好きだ。今でも。でもあの頃は、好
きで好きでたまらなかった。いつだってやりたかった。でも、獄寺、お前を抱きたいと切
に思ったのは、ここ最近のことさ。自分でも驚くほど、オレはお前を見ていると悲しくな
る。
 オレのこの思いは不毛だが、(だろ?と山本は呟く。獄寺が泣いて自分を求める瞬間な
ど、想像もつかないし、そんな瞬間は来なくてもいいと思っている)お前はツナを抱き締
めるべきなんだ。挿入前にイッちまおうが、いーじゃねーか、もう。完璧なセックスをし
ろなんて誰も誰も求めてやしない。沢田はただ抱き締められたいだけだ。身体と、言葉と、
生きていることを喜びであるかのように誤魔化しさえできればいい。明日、目覚めようと
思えるなら。ほんの一秒後、なんとか生きようと思っていられるのが大事なんだよ。沢田
がこんなに大切で、好きだ。山本はそう言うことを臆しはしない。でもツナを悦ばせられ
るのはオレじゃない。

「ごめんな」
「何が?」
「むちゃくちゃするぜ」
「むちゃくちゃにして欲しいんだよ」

 お前はこの言葉に泣きながら、ツナをむちゃくちゃにするだろう。それでいい。きっと
ツナも泣くに違いない。二人とも泣きながらやればいい。俺は笑って誤魔化して、ツナに
苦笑をさせてしまう。
 山本は沢田の股間に躊躇いなく舌を這わせる。口に含むことも、唾液で湿すことも、何
も厭わしいことはない。明かりの落ちたベッドの上で、沢田の身体は細かく震える。初め
てだから少し緊張している。それだけだ。入れるときは、手を繋がせてくれ。それくらい
は山本もしたい。好きだからだ。軟派に聞こえるだろ?安いドラマのように、やらせの恋
愛ドキュメントのように、しかし山本は臆しない、沢田のことが好きだ。好きだから、手
をぎゅっと繋ぎあって、果てたいのさ。好きだから。
 沢田の身体は痛みにがくがくと震える。山本の手を、爪の食い込むように沢田は握り締
める。この瞬間、泣くには二人とも年若すぎた。優しく泣くには、もう少し大人の時間を
通り過ぎて子供まで戻ってこないと。生意気にも二人は大人で、セックスをした。
 山本は沢田の背中を抱え上げ、自分の膝の上に座らせる。貫かれる痛みに沢田の意識は
朦朧としている。視線が定まらず、まるで薬で飛んでいる様子にも似ている。気持ちがい
いわけじゃない。疲れてるんだろ?
 その頭を抱き、引き寄せる。それはキスのためではなかった。山本は沢田を抱き寄せる。
ぴったりと抱き締める。腹に自分が埋め込んだのと同じものがぴたっとくっつき、少し、
何故か少し救われた気さえする。錯覚だろう。身体を抱き締め、首筋に顔を埋める。本当
だ。心臓の音が聞こえる。心臓が叩いているのが、胸に分かる。ツナ。
「これは…反則だろ」
 ぬるい息のように、沢田が吐いた。
「…そうだな」
 山本は短く応えて、やはり強く身体を抱き締めた。







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