頼りのない安息




 ゆっくりと、ゆっくりと眠りに落ちる。
 まだ意識がある。しかし瞼の裏はもう見ず、思考も溶け始めている。目新しい過去と、
埃を被った記憶とが溶けた先から繋がり始める。頭の奥から白い幕が下りる。手前に向か
って幾重にも幾重にも重なる。これが全て下りたときに眠りに落ちる。
 ようやくリボーンは眠ることができる。
 瞼を閉じない睡眠に慣れ親しんだ十年を簡単に覆すことは出来ない。瞼を閉じれば、あ
とは闇だ。視覚が認識の全てというわけではないが、それでも目の前に広がる闇は神経に
障るほどの危機感をリボーンに覚えさせる。目を開けておけば助かったのに、という事態
が頻繁に起きる世界でわざわざ目を瞑るなんて。
 それでも瞼を下ろし、失われゆく意識を自覚する。俺は眠ってゆく。瞼を閉じ、闇に浸
され、眠りの幕が全て下りるまで。
 もう耳もあまり聞こえていない。意識が届かない。しかし、外からの振動を受け機械的
に震える鼓膜。シーツも毛布の感触も忘れながら、捉える隣の体温。
 ヒットマンの隣でいびきをかいて寝る人間を、リボーンは知らない。闇にも夜にも慣れ
た売春婦さえリボーンの隣では眠らなかった。またリボーンも眠らなかった。眠りとは死
だ。永眠のことだ。ヒットマンの隣で眠ると言うことはそういうことだ。
 仮にもヒットマンだろうが、バカ牛め。
 言葉の上に幕が落ちる。包む闇が白く染まってゆく。眠りに落ちる瞬間をもは、流石に
認識されない。


 目が覚めた。機械仕掛けのように瞼がぱちりと開いた。
 ランボは天井を見詰めた。暗い。輪郭が掴めない。しかし空気の匂いがかぎ慣れた気配
をまとっている。夜明け前、だろうか。首を巡らせると枕元のデジタル時計が音もなく秒
を刻む。夜明け、少し前。
 ランボはゆっくり身体を起こす。眠気は引き摺っていない。目が覚めた瞬間に冴えてい
る。いつもバカだのアホだのと罵られていた幼年期は、それはそれは子供らしく寝汚いも
のだったが。
 裸の上を滑る肌寒い空気。木枠の窓にはほんの少し隙間がある。よく見れば呼吸するよ
うにカーテンが揺れている。今朝は寒い。昨夜の雨で冷え込んだのだ。ああ、だから。
 ランボは隣を見た。ベッドの上に死体のように微動だにせず横たわる身体がある。瞼を
閉じて、息をしているのか危ぶまれるような冷たい寝顔で。
 寝顔。それを見下ろすランボの胸に、不意に込み上げるものがあった。ランボは指を伸
ばし形の良い鼻を抓んだ。
 途端、寝起きのベッドには似つかわしくない鉄の音。
 引き金にかかった指にはしっかりと力が込められている。
 瞼の開いた双眸から、リボーンの冷たい目が、思わず鼻を手放したランボを射ている。
「おは……おはよう」
 パン、と乾いた音が響いて、一瞬火傷するような熱が額をかすり、天井に食い込む。
「いい朝だな」
 続けざまに、五発、弾倉の尽きるまで撃たれた。
 これを言ったら、本気で殺されそうだったから言わなかったけれど、照れるように六発
撃たれた。リボーンがさっさと部屋を去った後、洗面台の前で焦げた前髪を持ち上げ、か
すかに残った火傷の痕を見ながら、ランボは少し笑った。







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