デッドビート・ベリーベリービート/ぐちゃぐちゃ





 びたびたと水音が耳障りなほどに響く浴室は、暗く、明かりを落とされていた。びたび
たとまるで日本の梅雨のような大粒の水の音。シャワーが壊れているのは一ヶ月前から承
知しているが、生憎、こちとら仕事で出ていたもので、そんなものには気を払わなかった
のだ。なにせ、売れっ子殺し屋のランボ様、なので。
 背中に壁のタイルがひたひたと触る。冷たくて、滑らかで、気持ちいいが、それ以上に
気持ちいいのが自分の右手が必死で擦っているものだった。排水溝に流れ込む血の匂い。
いつまでも流れ続ける。喉元からはまだ銃口の感触が去らない。くううっと喉が引き攣っ
て、いよいよ右手が速くなる。
 やりたいやりたい、やりた、い、やりたくてたまらない、そればかりを考えてヤサに戻
った。リボーン以外の人間相手に殺されかけた、ことをショックとは思わない。急に勃起
したのもおそらく浴びるように血の匂いをかいだせいだ。興奮、してしまったから。決し
て殺される恐怖に追い立てられたのではない。否、そんな言い訳はどうでもいい。兎に角、
血に濡れながらランボは肉の熱さばかり求めて走った。やりたいやりた、その呪文の裏で
こっそり、酷くされたい、という切羽詰った囁きがあるのを聞かないようにしながら、シ
ャワーをカランが壊れるほど捻り、浴室のタイルにパンツを脱ぎ捨てるのももどかしく。
 絶頂をわざと逸らしながら快楽を保ち続ける。まだ、まだ、まだ足りない。もっと欲し
い。もっと強烈な。自ら肩を噛む。指も噛む。唇を噛んでは名前を呼ぶ。リボーン。あの
傷口を抉られるようなセックスが。
 思い出した瞬間、後ろが痺れた。身体の奥まで、その器官が痺れた感じだった。ランボ
は目を瞑る。瞑らなくても暗闇だ。それでも目を瞑って、腰を浮かせる。それだけで内股
が震える。指を差し伸べる。触れた瞬間、ここだと思うと、右手を離したはずのそれにぴ
りりと刺激が走った。
 濡れた指で入り口をこじ開ける。それだけであまりの非常識さ(そう非常識とか非日常
とか、何か、非のつく言葉が必要だった、まるで違う世界の話だ、自分の指でそこを貫こ
うとしている、ありえねえ、ありえねえ、ありえねえから…)に頭が揺れた。揺れて濡れ
たタイルの上に転がる。右手の指は何とかそこに潜り込もうとしている。やめろやめろ、
やめろ、それ以上したら、オレは本当に、何か終わっちまう。
 左手で乱暴に前を握るとがむしゃらに上下に動かした。快楽はもどかしく左右に揺れな
がら次第に綺麗な螺旋を描いて上へ上ってゆく。もうすぐ。もう少し。
 もう少しだ。もう少し腰を上げろ。
 ランボは目を開いた。目の前は暗い。暗いばかりだが、逆に目の前に誰がいても分から
ない。いるのかもしれない。そう思うと、その腰はじりじりと上に上がった。
 なんだ、右手は使わねーのか。
 右手が再び、一度退いた場所へ迫ってゆく。そう、指の二、三本は簡単だと囁かれたば
かりだ。シャワーがびたびたと尻を打つ。タイルに押し付けた顔も痛くない。開いた唇か
らは忙しなく息が出入りしていて、耐え切れず何度も唇を舐めた。
 喉かよ。急所を狙われやがって。
 喉に指が絡みつく。ランボはそれに噛み付きたくて、それを根元まで舐め上げたくて、
何度も荒い息をつく。舌を出してねだる姿を頭上から笑われている。
 右手がポイントに辿り着いた。膝が身体を支えきれず、崩れ落ちそうになる。もう駄目
だ。螺旋が崩壊寸前の高みまで昇る。もう、もう、もう。
 さあ、死ね。


 びたびたとシャワーから落ちる水が頬を打つ。血の匂いはもうしないが、代わりに身体
は氷のように冷たく冷え切っていた。あれほど自分を狂わせ支配したものも、陰毛の影で
縮こまっている。脱ぎ捨てた皮のパンツが変色している。結局脱がないままだったこのシ
ャツは洗濯代わりと言ってもまだ言い訳が利くかもしれないが。いや利きはしないか。首
の鎖が喉を締め付けるように重く、冷たく垂れた。ランボは引き攣るような息をした。
 腕が冷たく痺れて動かない。足もだるくて動かない。ランボは首だけを巡らせた。開い
たままの浴室の扉の向こうに、朝陽に白く光る床と、染みになった血の痕が見えた。









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