ぼくのゆめ/幼さ





 一人で出歩くことは、きっともう、ない。
 孤独の在処を求むるなかれ。異国語に囲まれれば孤独感は否応なくその身を襲う。冬の
寝台は温められていようと、家族の護るあの安心感は訪れない。たとえ階下に屈強な部下
を幾人と従えていたとて、十年の付き合いになる殺し屋が枕元を護るとて。
 どこへ行くにも思う。我が命を護らねば。死にたくないという思いより、死ねないとい
う思いで復活するのがここ数年の常である。死ねない。死ねない。今は死ねない。オレの
仲間が。オレのファミリーが。そう繰り返しながら復活する。
 オレは一人ではない。今、自分を三百六十度、どの角度から切ったとて、そこから噴き
出す血はそう叫ぶだろう。オレは一人じゃない。孤独さえ置き去りにするほどに。
 一人歩く街角は遠い。一人帰る帰り道。一人立ち寄るコンビニ。一人買い食いして歩き
ながら、ふと視界の端を掠める無人の路地。遠くの夕焼け。路上に長く伸びる自分の影。
今は、見知らぬ人間が自分の影を踏むことはなくなっている。オレは一人じゃないから。
オレは常に護られているから。
「イタリアを」
 眼を瞑ったまま尋ねる。視線が自分の寝顔の上に落ちるのを感じる。
「一人で歩くって、どんな?」
「孤独だ」
 リボーンの声は鉛弾のように短く、冷たく、こつりと落ちる。
「二人では?」
「二人では歩かない」
「ランボと?」
「そんな下らないことを考えてるのか」
「だって愛人だろ?」
「ただの愛人だ」
 それが随分頑なに聞こえるのは、沢田の思い込みだろうか。枕元は再び沈黙に沈む。
 沢田は瞼の裏に色を塗る。古い石の壁の色だ。石畳の道を敷き、壁を高く積み上げる。
獄寺と山本と一緒に歩くローマは想像できる。コロッセオ、サンピエトロ、ありきたりな
観光スポットで馬鹿なくらい下らない記念写真を撮って、観光ガイドにそって旨いレスト
ランでピッツァだのイタリアらしい食事を摂るだろう。
 ああ、違う、獄寺がいるのだ。きっと上手くローマを案内してくれる。山本が何か言う
たびに獄寺は怒るだろうが、それでも楽しいに決まっている。
 石壁が青い静かな薄闇に沈む。京子と二人で歩くならフィレンツェだろうか。ヴェネツ
ィアがいいだろうか。これまたありきたりだけれどガラス細工の店を回ろう。水路を堪能
しよう。船頭の歌う歌を、京子はパンフレットでその歌詞の意味を知りながら微笑むだろ
う。短くなったと言う髪からのぞく耳をすませて。沢田はきっとその横顔に見とれる。そ
して夜は思い余ってプロポーズをするのだ。
 自分がボンゴレ・ファミリーの十代目ボスでなかったら。
 なかったら?
「オレさあ…」
 沢田は腕を伸ばす。袖の捲れた腕が夜気に触れる。
「たまに、一人で生きた気分になるんだ。リボーンがいなかったら獄寺くんとも会わなか
った。山本とも仲良くならないままだった。京子ちゃんとなんか、きっと、一生口をきか
なかったはずなのに」
「下らねーこと考えてねーで、寝ろ」
「リボーン、オレ…」
 腕で目の上を覆う。細い腕だ。沢田の沈黙を断ち切るように、鉄の音がした。リボーン
が銃を片手に、銃のような冷たい横顔をのぞかせる。
「お前はボスだ」
 リボーンが言った。鉛弾のように容赦なく胸を抉る声。
「お前はボンゴレ・ファミリー十代目ボスだ」
 彼は迷わずドアに向かい三発撃ち込んだ。ドアがゆっくりと開き、胸を血で染めた男が
倒れこむ。その背後に立ち込める煙。ちらつく炎の切れ端。
「ツナ」
 沢田は起き上がり、ドアの向こうを見た。階下の部下達は、どうなった。炎は階段まで
迫っている。悲鳴も何も聞こえなかった。銃声が響いたのも今が初めてなのに。幾つもの
顔が脳裏を過ぎる。追って名前が思い出される。
 リボーンの銃口が眉間に突きつけられた。引き金にかかった指に力が入る。
 幼い夢を撃ち砕かれる予感に、沢田は苦く笑った。
「仕事だ、ボス」
 銃声。










お題配布元→10年後捏造で23のお題**

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