ボンゴレ・ファミリー/Dolce Vita





 闇夜を滑るように高級車が走り抜ける。ヘッドライトが街を切り裂く。それ目がけてラ
ンボは走る。そして黒塗りの車の前に飛び出した。車は急ブレーキを踏む。ランボはボン
ネットに手をつき、何歩か足を宙に浮かす。十年で長く成長したしなやかなランボの左足
を轢く直前で車は停止した。
 しかし窓が開いて文句を言われる様子はない。ランボは運転席にまわると、ウィンドウ
を拳で叩いた。
「おい、顔出せよ!」
 渋々と言った調子でウィンドウが下がる。倦んだような山本の顔が覗いた。顔がいささ
か色を失い、きりりと濃い眉の間には深く皺が刻まれている。
「ローマは? 戦争が回避されたって本当か?」
 ランボは怒鳴るように尋ねる。山本は黙って車を発進させにかかる。
「待てよ!」
 腕一つで止まるわけもないのに、ランボは車を引っ張る。
「皆、いつ始まるかって戦戦兢兢してたんだ。イタリア中巻き込むんじゃないかってな。
それが、もう帰ってきたのか? どうなんだ、答えろよ!」
 いつも温厚そうな雰囲気をまとわせた山本が、今はさも煩わしそうにぼそりと答えた。
「…回避じゃない。終わったんだ」
「終わった…?」
「あとはてめーんとこのボスにでも聞くんだな」
 冷たい声音と共に助手席から銃口が突きつけられる。中折れ帽を深く被ったリボーンの
目は見えなかった。警告はなかった。それを避けたのは十年間培ってきた本能だろうか。
銃弾はランボの頬を掠め、背後の煉瓦の壁に食い込んだ。
 ウィンドウが上がる。車は何事もなかったかのように発進する。ランボは街路に尻餅を
着いたまま、呆然と車を見送った。


「戦争は終わった…か」
 山本は呟いた。リボーンは応えようとしない。
 血。銃声。大量のクスリ。頭蓋骨。モレッティの帽子。沢田の背中。様々なものが入れ
替わり立ち代わり頭をぐるぐると巡る。二十四時間内に起こった出来事がミキサーにかけ
られたかのように、気持ち悪いほど雑然と脳裏を巡って、しまいに山本が知ったことと言
えば、こめかみから撃たれ、頭蓋骨の中を二度跳弾した弾が眼球から外へ飛び出ても人間
とは生きていられるという事実だった。向こうの部下は誰一人として動こうとしなかった。
苦しげに開閉する口から涎が垂れ、血が涙のように頬を伝い、痙攣しあがく手や指が捩じ
れる様を、多分、山本も忘れられないだろう。
 しかし沢田は動かなかった。横目にそれを眺めながら、眉一つ動かしはしなかった。い
くら死ぬ気弾に撃たれていたとしても、あのときは既に効果も切れかけていたではないか。
リボーンは自分が死ぬ気弾を撃ったにも関わらず、険しい顔で沢田を見ていた。
 リボーンも沢田をホテルに送り届けたきり、口を利かない。山本は黙ってステアリング
を切り、路地に車を滑り込ませる。リボーンのヤサの前だった。
 車を停めても、リボーンは顔を上げなかった。寝ているわけがない。ヘッドライトより
激しく闇を切り裂くような視線を感じる。苛つくでなく、視線は目の前の闇を裂いている。
そして何を見ている?
「チケットはもう人数分、買ってあるんだ」
 低い声でリボーンが言った。
 山本はリボーンの見ているらしい闇を見つめる。
「忘れるな」
 ドアを開けようとしたリボーンに、山本は言った。
「俺のチケットは、言われたって返さねえよ」
 リボーンは黙ってドアを閉めた。その姿はすぐ闇に溶け、どこへ消えたのかもう分から
ない。山本はエンジンをふかすと、バックで路地を出た。
 夜の街が流れる。バックミラーに、眉間に刻まれた皺が映る。山本は口を歪めて笑う。
そうだ地獄行きのチケットは十年前に購入済みだ。今更返すものか。沢田の半裸を最前列
で見る権利であり、沢田の命を最前列で護る権利だ。手放しなどしない。
 嗤いながらも身体が冷えた。急に熱いものが飲みたくなった。すぐ頭に浮かんだのは缶
のしるこだった。日本のあの奇妙な缶ジュース。三本買って、前を歩く二人の肩にぶつか
ってみせた。喉の奥が熱い。山本は歯を食いしばる。俺たちは十三歳だった。
 低く息を吐き、山本はもう一度唇を歪めて嗤った。今度はまた、地獄でゆっくり甘い生
活を満喫しようぜ。
「俺、お前らのことが大好きなんだよ」












お題配布元→10年後捏造で23のお題**

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