What's your choice ?/ジッポ





 本や書類や、といった紙の類が机の上に雑然と載っている。一応タワーの形にはなって
いるが、コミックも思想書も決算書も落書きも一緒くただったものだから、何か一つ目的
の物を取り出そうとも難儀なようだった。山本はスピーカーの心地良い振動に紙のタワー
が震えるのを見た。低く押さえたボリュームであるのに、不安定な塔はそれでも崩壊の兆
しを見せていた。さもあらん、傍受される警察無線のどこが不穏さを拭えよう。
 山本は懐から煙草を取り出し、柔く唇の間に挟んだ。ジッポで火をつけると、一瞬その
顔が明かりに露わになる。硬い音と共にそれはすぐ闇に呑まれた。山本は肺腑の奥まで飲
み込んだ煙をゆるゆると吐き出しながら窓に寄った。壊れたブラインドが細い紐一本で辛
うじて引っかかっている。それを持ち上げて、窓の鍵を開けた。一度も開けたことがない
のではと思うほど鍵は固かった。黒ずんだ埃が隙間に詰まっている様を山本は目に浮かべ
る。半ば壊すように鍵を開けると、窓は軋みながら樋を滑って上に持ち上がった。
 すぐに匂ったのは冷たい雨の匂いだった。そして山本は自分が血臭と閉ざされた空気の
匂いにまみれていたのに気づく。確か、この事務所に最初に乗り込んだとき、空調が利い
ていたはずだった。暖かな空気が山本の顔面をふわりと覆ったのを覚えている。
 鼻で煙草の匂いを味わう。それからもう一度ゆっくりと息を吐き出し、山本は煙草を窓
の外に投げ捨てた。美味いものではない。
 金と力と男の血、その匂いの染み付いた密室。自分が頭から突っ込んだ人生の匂いでも
ある。金の汚さなど考えたことがなかった。今机の上で吹き込む風にカサカサと枯葉に似
た音を立てる紙幣。血の滲んだ紙幣など、使ったことがない。否、触ったことさえ。と思
う間に風に吹かれてぐらりと揺れたタワーは枯葉の雪崩れのような乾いた音をたてて崩れ
去った。床一面に白い残像が舞う。それは床につくなり光に似た白色を失った。決して床
に溜まった夜の闇のせいばかりではない。今、山本の靴を汚すこれらが、染みこむのだ。
 山本は右手にジッポを握ったまま腕を水平に伸ばした。出現する小さな炎。燃やすべき
だったかと一瞬後悔した。血に濡れる前にやるべきだったか。オレは、この火が見たかっ
た。
「獄寺くんに」と沢田は言った。「何をプレゼントしたらいいかと思って」
 裸で獄寺の前に立ってやれ、と言おうとしたが、よくよく考えずとも沢田の半裸(一応
下着という良心が死ぬ気にも残っているようで)なら見慣れている。なんと中学時代から
十年か。まるで日常なのだ。
 結局、獄寺の為に買ったジッポを持っているのは山本だ。小さな箱に包み紙、流石にリ
ボンのラッピングはやめたようだが、それを持った沢田は、やっぱりいいや、と呟いた。
それを背後でリボーンが聞いていたが、わざわざそのために死ぬ気弾は撃たなかったよう
だ。まあな。
 炎は背後から吹き込む冷たい風に消えもせず、柔らかに揺れる。この炎は。
「ツナ」
 の炎だ。そして。
 山本は苦笑する。
「…獄寺」
 の炎だったはずなのだ。獄寺が派手に咲かせる花火のための。あるいは奴の唇の先で燃
える小さな炎のための。十代の頃から慣れ親しんだ、しかし山本が未だに美味さを理解で
きない、馴染み深い煙のための。殺しのため、安楽のため、一体沢田はどちらを意識して
いたかって?
 山本は苦笑したまま、軽く目を瞑った。炎の残像が額の真ん中に灯る気がする。山本は
それを机の上に放った。タワーの土台が(思想書、金、しかも血の染みた)ぽっと光を孕
んだ。山本は苦笑していたが、足取りだけ、少し楽しそうに軽く踏んだ。軽く踏みながら
事務所を出た。ミラノの火事は向こうの新聞にも記事になるだろうか。
「ジッポくらい、また買おうぜ」
 次は目の前で選んでやればいい。










お題配布元→10年後捏造で23のお題**

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