Bullit waltz/硝煙





 静かだ。
 静か過ぎるほどだった。必要以上の静けさが、耳だけでなく視覚さえも圧していた。プ
ラットホームには駅員はおろか、そこを住処のように蹲るホームレスの姿さえなかった。
列車はつい先刻発車したばかりというのに、その余韻も残っていない。ランボは両手に銃
を構えたまま、ゆっくりと改札をくぐった。誰もいない張り詰めた静けさの中で、しかし
腕を下げることはできなかった。それは意地と言うより、殺し屋としての義務感。白熱灯
の光がコンクリートの床や、闇の底で鈍く光る線路を白々しく照らし出す。間抜けに出番
を間違えた下手な役者になった気分だ。観客さえいない、しらけている。
 さっきから頭が痺れている。額から流れ落ちる血が目に入る。それを何度も拭った袖は
真っ赤に染まっていた。いや、これでも今夜は善戦したさ、と心の中で呟く。
 弾倉に残りは少ない。防弾のつくタイヤ、ガラス相手に撃ちまくったのである。せめて
タイヤならタイヤ、一箇所を集中して撃てばよかったのかもしれないが、黒塗りの車は街
灯にその美しい流線型のフォルムを光らせて、ほぼ無傷のまま街を疾走した。対して、殺
し屋。右足でハンドルを捌きつつ、格好よく二丁拳銃と出たものである。見た目は確かに
映画さながら。監督にはリュック・ベッソンを起用したいところだったが、生憎、あの黒
い車に乗った男には何が味方していたのだろうか。コッポラか、アル・パチーノか。放た
れた一発の銃弾はいとも簡単にタイヤに穴を開け、崩れたバランスをランボの右足は御す
ることが出来なかった。
 額の傷はそのとき、車ごと建物に激突した際できた傷である。
 それでも弾を込めなおし、黒い車の後を追って走った。すぐにその尻も、テールライト
さえ見えなくなったが、行き先は駅と知っていた。到着もした。ただ、遅かっただけ。
 再び視界が遮られる。ランボは汚れていない袖で血を拭う。パウダの匂いが鼻腔を直撃
する。その瞬間、全身に電気が走ったかのように震えて、ランボは両手を素早く構え直し
た。血はこめかみに流れ、顎で溜まると、一滴二滴とコンクリートの床に。
 落ちる。
 全身を圧するような静けさに大きな波が立つように、空気は揺れた。白熱灯がびりりと
震えた。ランボの撃った一発の銃弾は向かいのホームの壁に食い込んでいる。
 こつりと音がした。黒い影が柱の陰から現れる。
「勘か?」
 馬鹿にするような声がしんと響く。
「実力さ」
 ランボの声は生気をもってプラットホームに響いた。
 中折れ帽を少し上げてみせ、向かいのホームでリボーンが笑っている。鋭い眼が、白熱
灯の光に一瞬閃く。
「ボスについてなくていいのか?」
「テメーに言われたくねーな」
「わざわざ残ってなんの御用で」
「ここいらで邪魔な牛、一頭片付けるのも損はない」
「言うね」
 響いた銃声は二つ。
 残響が収まり、故意に作られた静けさ。そこへ、血が、落ちる。
 駆ける足音。そして雨降るような銃声。
 ホームを満たすのは硝煙の匂いと笑い声だ。










お題配布元→10年後捏造で23のお題**

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