ポスターカラー:Black and Red




ポスターカラー:black


 その事実を知った時沢田は「えー?」と照れたが、実物を見た時には「えぇー!?」と素っ頓狂な声を上げて、その後しばらく機嫌が悪かった。
 例のハンバーガーの話だ。
 33センチバーガーという、誰が得をするのか(おそらく店が得をするのだろう)というケッタイな代物に沢田、獄寺、山本の三人で挑戦したのは三ヶ月前で、その後何となくブームが収まったと思っていたら、写真コンテスト的なものが行われ、グランプリが33センチバーガーのポスターとなったらしい。それが沢田を中心とした三人である。
 涙目でハンバーガーを頬張る沢田。
 心配そうな目で沢田をいたわる獄寺。
 監視カメラのレンズに気づいて笑顔の山本。
 ポップな色調のポスターに、この三人の少年は見事配置されたのだった。
「ちょ、ちょさくけん侵害!」
「肖像権です十代目。許せません!」
「俺、一枚もらってウチの店に貼ってんのな」
「てめえ山本! 俺にも百枚ほど寄越しやがれ!」
「何かニュアンス違くない獄寺くん!?」
 という騒ぎも、件のハンバーガーショップであり、街角モデル的に有名になってしまった三人は、周囲からもうチラチラというレベルではない、不躾なほどの注目を浴びている。
 ポスターの端に表示された問い合わせ先に電話をしてみると、何故か電話はそのまま、今いるハンバーガーショップに繋がれ、その場で早速十枚ほどもらえた。
「もらってどうするんだよー」
「もっ、もももももし十代目がご不要でしたら、是非俺に……」
「やだ。それくらいなら母さんに家中貼られた方がマシ」
「十代目、まさか俺がこれを使用するなんてことは断じて…」
「使用って何だよ!」
 沢田と獄寺が揉めている間に、山本はカウンター越しに店員に尋ねる。
「これ、監視カメラの映像ですよね。どうしてこんなことが出来たんですか?」
「それは…」
 店員が口篭り、助けを求めるように背後を振り返る。すると厨房から小さな人影が現れた。赤ん坊くらいの背丈に、一メートルもあるようなコック帽を被った、渦巻きモミアゲのシェフ。
「オレが推薦したんだぞ。この店は近々イタリアにも支店を出すからな」
「…やっぱ、お前には敵わないのな」
 シェフは山本が気に入ったらしく、また33センチバーガーを出してくれて、山本は今度こそそれを三人で分けて食べた。




ポスターカラー:red


 モレッティがボンゴレの屋敷を訪れるのは久しぶりのことだった。
 あたたかい陽が南の空から射していた。雲の晴れた、久しぶりに天気の良い冬の日だった。昨夜まで降っていた小雨の気配が鼻先を掠める。屋敷の庭は常に季節の緑と花に溢れている。
 用は至って事務的なもので、報酬を受け取りに来たのだ。いつもは銀行に振り込まれるだけだが、時々はこうやって生きている証明をしないと本当に死んでしまう。死人故に住所がなく、死人だがしかし墓を持たず、殺され屋モレッティという名が忘れられてしまったら、モレッティは真実存在しない男となってしまうのだ。その自覚がある。
 玄関から伸びる長い廊下には歴代のボンゴレの肖像が飾られている。十代目とよく似た面差しのプリーモ、唯一の女性であるオッターヴォ、自分を見出してくれた先代。そして一番最後に飾られているのは何故かハンバーガーショップのポスターで、まだ若い十代目が巨大なハンバーガーを涙目で頬張っている姿が写っている。
「…何してるの」
 女の声がした。廊下の奥にビアンキが佇んでいる。
「ツナなら食堂で待ってるわ」
「執務室ではなく?」
「時計を見なさい。あなたの分もあるわよ」
「…それは、あなたのお手製ですか?」
「だとしたら?」
 帰りませんよ、とモレッティは笑い、食堂に向かった。
 壁の高いところに並ぶたくさんの窓から、明るい日差しが食堂に射している。その一つに照らされて沢田が手を振っていた。目の前に並ぶ食事は煙を上げてはいなかった。厨房には料理人の姿がある。実のところ、少しホッとしながらモレッティは席につく。
 久しぶりだね、と沢田が手ずからワインを注ぐ。
「今日は暇。抗争もなし。トラブルもなし。昼間っから飲んでも文句を言う家庭教師も出張」
「リボーンさん?」
「パリ。仕事って言ってたけどどうだか」
 グラスを合わせると、それに誘われたかのように、ナポリタンを皿いっぱいに持った山本が厨房から出てくる。
「何でか、これだけは俺が作った方が美味いのな」
「日本料理ですから」
 厨房からコックの声。
 山本とも改めて乾杯し、時計はちょうど正午すぎ、昼食が始まる。
 ビアンキはワインにチーズだけを取って、モレッティの隣に座った。
「それだけですか?」
「夕食の約束をしているの。あの人と」
「え? リボーンもう帰ってくるの?」
 沢田が残念そうに言う。
「写真を撮るだけだって言ってたから」
「シャシン? 何の?」
 ビアンキはそれには答えず、ワインに口をつける。
 そうか、食事の約束かと思い、モレッティは今日の予定を修正した。報酬を受け取ったら、どこかで映画でも借りて帰る。ワインとチーズはなしだ。映画はロマンスを避けたい。シュワルツェネッガーとか、そういうのがいい。いや、あからさますぎる。何も考えたくないというのが丸分かりだ。難解なやつがいい。『ソドムの市』あたりで手を打つか…。
「モレッティ」
 不意に呼ばれて驚くが、傍目には全くそのようには見えない。特異体質万歳。
 呼ばれた方を振り向くとビアンキが上目遣いに
「だから送っていって」
 と言った。
 Si、と短く返事。人生とは、運命とはよく出来ている。何人たりとも、死人さえもこの歯車からは逃れられないらしい。

 そのまま食堂に居座ってボンゴレ十代目と若い剣士にチェスの手ほどきをし、ビアンキがそれに飽きた頃、陽が傾くには少し早い時刻ではあったが屋敷を辞した。自家用車で来ている訳ではないからタクシーを呼ぶしかないな、と思ったら
「歩いていいわ」
 と隣の女は言った。
 歩いて街を目指す。屋敷は少し郊外にあったから、時々坂を下りながら海を眺めるように歩いた。日差しはあたたかいが、坂を駆け上がってくるかのように吹く風は冷たい。ビアンキのフェイクファーの襟巻きが揺れる。
「予言をしてあげる」
 唐突にビアンキが言った。
「あなたは帰って映画を観るわ。ハリウッド製のアクションじゃないわよ。……きっとフランス映画か何かね。古典。モノクロ画面に映る自分の顔にはっとするの」
「物寂しい予言ですね」
「きっと当たるわよ。当たっているでしょう?」
 モレッティは微笑む。胸の奥で、大当たりです、と両手を挙げる。
 街に着くと、ビアンキは酒屋に入った。ワインを買って、モレッティに手渡す。
「チーズは自分で買ってちょうだい」
「ありがとう」
 駅に着くと、予定より早かったが、既に黒衣のヒットマンの姿があった。隣には牛柄のシャツの色男、ボヴィーノのランボがいる。何故かぐったりとしている。
「ご苦労」
「パリと伺いました。お疲れ様です」
「ボンゴレのポスターを作った。見るか?」
「是非」
 黒と赤を基調とした、シンプルだがインパクトの強い写真だった。リボーンと背中合わせに写っているのは、今、隣でしゃがみこんで自分のボスに携帯電話で報告をしている最中のランボだ。
「…これはボンゴレのポスターですか」
「さっきも言っただろう」
「はあ、伺いましたが」
「牛も一応守護者だ」
「そうですが。十代目は…」
 するとリボーンは、これだから、とでも言うように笑った。
「ボスの顔を全面に出してみろ。あいつは狙撃されまくりだぞ」
「そりゃそうです。しかし、あなたはいいんですか、リボーンさん」
「スリル満点の人生こそ大歓迎だ」
 そう言って捲って見せたスーツの裏地は、標的模様だった。

 ビアンキを連れてリボーンの消えた後、駅前にはモレッティとボヴィーノの若者だけが残される。モレッティの腕には、ワインが二本抱えられていて、もう一本はリボーンが「ボジョレー」と言ってくれたものだった。
 牛柄シャツの色男は傾きかけた陽を浴びて、駅の壁にもたれかかる。モレッティは思わず口を開く。
「あんたも大変ですねえ、ボヴィーノ」
「ランボです。身が持ちませんよ、全く」
「身が持ちませんか」
「持ちませんね」
 ボジョレーを少し持ち上げてみせたが、たらふく飲んだので結構、と垂れ気味の目を細めて笑った。しゃがみこんでいるうちに、少しは気分が良くなったようだ。
 別に積極的興味がある訳ではなかったが、会話が続く。
「この後は?」
「アジトに帰ってボスに顔見せて…、どうしようかな。テレビでも見ながら休みます」
「あんたさえ良ければ一緒に?」
「…映画?」
 ランボは目を丸くする。
「まあ…都合悪くは」
「何が好き? アクション?」
「ヒーローが活躍するような」
 モレッティは街角のポスターを指差す。シュワルツェネッガー。
「あ、まだ観てない」
「じゃあ決まりか」
 と言う訳で、ボヴィーノの若者と映画を観てから帰った。
 それでも結局、帰り道にチャップリンなんかをレンタルして帰ったモレッティだったけど。





Chronicaの松田さんと、すとらいぷらばーずの風さんへ。