間違ったハロウィン。落ちない。




 助手席に、ロリポップと薔薇の詰まった白い箱がある。山本は雨の中、車を走らせ、行く先を探している。この雨が全て鉛玉になっても立ち止まらない。どこかに辿り着くまでは。
 自分だけのドアはない、とは十年前から薄々感じていたことで、結局自分は、どうしても、という執着がないのだ。野球であれ、剣の道であれ、沢田であれ、それが山本の生き方そのものであり、彼の生を肯定することには変わりないけれども、どれも独占出来るものではない。野球は世界中の夢見る子供のものであり、時雨蒼燕流は受け継がれるものであり、沢田はこの腕一本で独占できようもない。
 ホテルの前に車をとめる。最上階の窓は暗い。沢田は戻っていないようだ。ハッピーハローウィン。山本は箱を小脇に抱え、口笛を吹きながら正面玄関をくぐる。「ご機嫌だなぁ?」 意外な男がそこにはいた。ロビーのソファにふんぞり返っているのは、シャンデリアの光の下に黒いコートも禍々しいヴァリアーの男で、銀の長髪の美しさも、その目の険と口汚い科白で台無しにしてしまう傲慢な鮫。
「…場所、間違えたか」
「けっ、どうせ行く場所もねぇんだろ」
 ロリポップ、薔薇。ああ、何て馬鹿馬鹿しいと、車の中でも何度も繰り返した筈なのに!
「容赦ないな、あんた」
 箱を投げつけると、一刀両断。大理石の床の上に薔薇と色とりどりのロリポップ。散らばり、踏みつけられる。
「ハロウィンならもっと似合いのものがあるぜぇ」
「血の花」
 トリック・オア・トリートもあったものじゃない。





日記にて。ハロウィンのネタをやりたかったものの…。