ロキ真夜中のガレージに男が二人いた。 リボーンは少し身体を傾がせ、窓と身体を水平にさせる。確かに二人の男の姿が見えた。一人はドクター・シャマルだ。もう一人は分からない。若くは見えない。しかし老人にも見えない。シャマルと親しそうにも見えない。密談や取引の最中とも見受けられない。ガレージで隣り合う車の運転手が、たまたま同じタイミングで遭遇し、短い時候の挨拶を交わしている…訳でもない。二人の話は短くはなかった。 黒いスーツだ。その髪は赤毛かと思ったが、照明の加減らしくどうも茶色らしい。しかし、リボーンの目には鮮やかな赤毛の残像が消えない。 誰だ。あんな男はファミリーにはいない。 記憶を辿る一瞬、見えている筈のものが見えなくなり、もう一度その姿を確認しようと焦点を合わせたときには、ガレージにはシャマルの姿しかなかった。 リボーンは部屋を出、ガレージに向かった。全くの好奇心であり、疑問は解決してから翌朝を迎えたい、それだけだった。何も責めようというのではない。しかしガレージに辿り着き声をかけると、シャマルがいやにばつの悪そうな顔をするので、思わず責める口調になる。シャマルは三周りも歳の離れたヒットマンに責められ、弱ったように頭を掻き、お前は信じないだろうさ、と言った。 「信じるぞ」 「いーや、リボーン、おめえは信じないだろうよ」 「信じるぞ。俺は自分にかけられた呪いだって信じてる」 そうだったな、とシャマルは急に思い出した顔をし、ならば悪魔も信じるか、と言った。 「俺は悪魔に口説かれたことがある」 「酔っぱらってんじゃねーぞ」 「ほら信じねえじゃねえか」 ガレージの明かりを落とし、庭に出る。真っ直ぐ屋敷へは向かわず広い庭の四阿に二人で足を進めた。 「なんだ、本気なのか」 リボーンが見上げると、相手は苦々しそうに煙草をくわえる。 「人の勇気を振り絞った告白を…」 「また煙に巻かれるのかと思ってな」 ジッポの明かりに、まだ少年の面影を残したリボーンの顔が浮かび上がる。シャマルは背をかがめて、自分の煙草に火を吸いつけた。煙は空に向かって吐き出された。 「…で、何て口説きに来たんだ。あの世にも仕事の口があるのか」 「悪魔の舞台はあの世じゃねえよ」 「そうだったな。じゃあ、何だ」 「女みたいに口説きに来たのさ。いや、女だったからな」 「女?」 「女だよ。柔らかな乳房、白い足、赤いヒール、情熱的な告白」 「悪魔がお前に抱かれに来たのか」 「悪いか?」 「いや」 シャマルはベンチに腰掛け、空に向けて煙を吐く。リボーンは星明かりに白く浮かび上がるそれが悪魔の形を成すのを待つように、行く手を見上げた。しかし煙は四阿の天井に届く間もなく、闇に溶ける。 「さっきのも悪魔か」 「ああ」 「抱かれに来たのか」 「いや、別人だ」 「別の悪魔? 何の用だ」 「さあな」 「さあって何だ」 「分からねえんだよ」 「話したんだろう」 「ああ。煙草を吸うのかとかいう話だ」 「煙草?」 「うまい煙草を教えられた」 「どうして?」 「分からねえ」 「それから?」 「それだけだったんだよ」 シャマルは煙草を指に挟み、憮然としたリボーンを指す。 「俺は口実で、狙いはお前らかもしれねえぜ」 「何故だ」 「悪魔は魂を集める。ここには美味そうなのが揃ってるからな。下見に来たのかもしれねえ」 リボーンはシャマルの指先から煙草を奪い、深く吸う。 「馬鹿馬鹿しい」 シャマルの顔に向かって、盛大に煙を吐き出す。 「やっぱり信じてねえな」 「いや、信じてるぞ」 唐突に煙草を投げ捨て、リボーンはシャマルの頭を抱え込み、少しずれながら唇を押しつけた。 「……リボーン」 「俺は、誰も悪魔に売る気はしねーし、渡すつもりもねーからな」 いいか、よく聞け。リボーンは男にキスをされて既に涙を浮かべて顔をくしゃくしゃにする大の男の髪を両手で鷲掴みにし、強く言い聞かせた。 「お前が魂を売っていいのはボンゴレだけだ」 取り敢えずマーキングだ、ともう一度キスをしようとするのを、シャマルは慌てて止めようとしたが、時既に遅かった。 ずっと前にチキンさんの絵を見て、悪魔とシャマルの話を書いたなあという個人的懐古による自己満足の話。しかもシャマリボ。シャマリボってリボが攻めっぽいよな。多分、リボの方が好きなんだよ…。 2008.10.3 |