彼に会わないとは君も賢明だったね




 ワンセグ放送の小さな画面を眺めていると、階下がどっと賑やかになって、別にゴールシーンでもないよな、と思ったら一斉に花火のような銃声。あいつら何やってんのー!というツッコミが思わず口をつきかけたが、一人でベッドに転がって携帯画面を眺めているのに、突然ツッコミを、しかも一人で、というのが虚しくて、取り敢えずぎりぎりの所でその衝動を抑えた。
「なーんか、俺、さびしい人みたい」
「そんなことないよ沢田ちゃーん」
「で、なんでそんな所にいるの、君」
「ボナセ、ボナセ。細かいこと気にしないでよー」
 内藤ロンシャンはぎりぎりの所で窓に貼りついており、ぷるぷると震える指は今にも窓枠から外れそうになっている。沢田はベッドに寝ころんだまま、その姿を見詰め、どうすべきかを本気で悩んだ。
「まさか下の騒ぎって…」
「遊びに来たのはいいんだけど、沢田ちゃんとこの部下も熱いよねー」
「君、ボンゴレとの関係把握してる?」
「何言ってんの沢田ちゃん! 沢田ちゃんとオレは同級生でしょ!」
 沢田は窓の前に立ち、溜息をついた。
「助けたいのはやまやまなんだけどさ」
「うん、オレ、もうギリギリ」
「この窓、外に向けて開くんだよね」
 これが本来のマフィア映画であれば、数秒後にはトマゾファミリー八代目ボスの葬式のシーンに移らなければならないのだが、ボンゴレファミリー十代目、沢田綱吉は死ぬ気の男だった。二人は肩で息をつくものの、なんとか部屋の中に五体満足のまま転がり込むことが出来た。
「オレまで死にかけた…」
「死ぬ気の沢田ちゃんでも死ぬ?」
「…ロンシャンって、ほんと、のんきだよな」
 嫌味を込めて言ったつもりだったが、内藤には通じない。ベッドの上に放り投げられたままの携帯電話を取り上げ、沢田ちゃんもサッカー観てんじゃん、と勝手に他人のベッドに横になる。沢田はもう怒る気も失せて、その隣に胡座をかく。
「ワールドカップだよ? フツー観るだろ」
「だよねー!」
「日本対イタリアだよ?」
「だよねだよねー! フツー観るよねー!」
「応援するだろ」
「するよね!」
 ニッポン!と二人の声が重なる。
「…だよねー」
 沢田はぐったりとベッドに横になった。
「え、じゃあ、やっぱり沢田ちゃんとこも内乱?」
「違うよ。ただリボーンがイタリア応援しなきゃ殺す勢いで」
「うわ、沢田ちゃんのカテキョー過激!」
「獄寺君も試合始まった途端に目の色が変わってさ」
「ウソウソ、マジで? 獄ちゃんの裏切り!」
「っていうか、凄い期待した目で見てくるんだよ、一緒にイタリア応援しましょーよーみたいな」
「愛されてんね! 沢田ちゃん!」
「………」
 沢田は内藤を振り向いた。内藤はきらきらと輝く目で沢田を見詰めている。
「…で、肝心な時に山本はいなくってさ」
「内乱で大変なの、同じじゃーん」
「だから内乱じゃないの!」
「日本対イタリアでしょ?」
 ぐう、と黙り込んだ沢田は、内藤の手から携帯電話を取り返す。内藤の顔がついてくる。沢田は仰向けになり、腕を高く上げて携帯電話を眺める。内藤も並んで仰向けになり、小さな画面のサッカー中継を観る。
「……孤独に応援してたの?」
「まーね」
「一緒に応援しようよ!」
 腕が疲れたので、携帯電話は枕の上に固定することにした。
「…何で正面から入ってきたんだよ。電話すればこっそり入れたのに」
「だって、こっそりやろうとしても沢田ちゃんのカテキョーにバレるじゃん」
「え?」
「ウチみたいにごちゃごちゃしてる方がバレないんだよ。気にジョージるのね!」
「…ロンシャンち、今でも内乱あるの?」
「あるよ」
「一度、ガツンと言った方がいいんじゃない」
「…なんで」
 内藤はサッカー中継を見ながら応える。沢田はそんな内藤の横顔を見る。
「トマゾの八代目なんだろ」
「ボスだから?」
「ボスだから」
「だって、オレ、部下がいないとボスじゃないじゃん?」
 ゴール。階下からの雄叫びの渦が屋敷を震わす。先制点はイタリア。
 内藤は残念そうな顔で、言う。
「部下がいないと、何もできないじゃん、ボスって」
「何もってほどじゃ…」
「オレ、できないし」
 くるりと顔がこちらを向いて、内藤は笑う。
「部下がいないと、沢田ちゃんもさびしいっしょ?」
「そりゃ…」
「脅したりしても、意味ないじゃん?」
 沢田は黙り込んだ。昔のオレと同じことを言っている、と思い、そう思ったのはもう昔なのか、と自問する。
「慣れって、怖いよなー」
「なに?」
「イタリア応援しそうになってんだよね」
「あっ、わっかるー! みんなが嬉しいと嬉しいんだよね!」
 内藤の腕が伸びて、沢田の肩を抱く。沢田は微笑んで、携帯電話の画面を近づける。
「ロンシャン」
「ん?」
「今度、本格的に和平結ぼうよ」
「トマゾと?」
「うん」
「カテキョーと相談した?」
「まだしてない」
「それ正解!」
 内藤は親指を立てて笑う。
「言ったら、絶対反対されると思うね!」
 試合は後半、怒濤の反撃で日本が勝った。階下はブーイングの嵐だ。
 内藤はまた窓から帰ったが、帰り際に沢田の携帯電話にドエロなサイトのURLを残していった。沢田は未だにそれが見れず、内藤に連絡を取ろうと思ったが、急に周辺が騒がしくなり、トマゾとの和平を結ぶ前に日本に発つこととなった。
 そして十年前の自分を巻き込んだ事件が終わるまで、内藤とは長く会えない時間が続く。




まさかの原作10年後リンク。
2008.10.7