To be, and not to be




 追悼の為の花束を買って二人で街を歩いていると、生まれた時からここにいるような不思議な感覚に襲われた。
「獄寺くん」
「はい」
「帰ったらゲームやろ」
 高い壁の向こうに花に溢れた庭園があって、何代も何代も続いているという庭師が世話をしている。教会に偽装しているが、本当はボンゴレの武器庫で、しかしそこの管理を任されている男は本物の神父で昼夜祈りを欠かさない。ボンゴレで死んだ男達の墓は花に彩られている。わざわざ花屋で買う必要もないのだが、沢田にとって墓参りと言えばやっぱり花で、それを思うと(ああ…、オレ、日本人だな…)不意に安心してしまい、新しい十字架の前で手を合わせた。
「宗教が違ってもお祈りって届くかなって…、多分、オレの身勝手な満足なのかもしれないけどさ、獄寺くんはどう思う?」
「オレは、十代目がオレのことを考えてくださるなら、それがどんな言語だって読み取れますよ」
 死んだ男は凶弾に倒れたのではなく、癌だった。経理の才のある男で、沢田が目を通す書類にはよく彼のサインがあった。
「ゲイ…だったんだっけ」
「相手は一般人でした」
「お墓の場所、教えられないんだよね」
「オレ達がチェックした後、部屋の鍵を渡しました」
「何か残ってた?」
「写真や…、それくらいです。パソコンはうちで回収しましたから」
 沢田は男の顔を思い出す。病に倒れた後の頬の痩けた印象と、目の下に隈を作って獄寺に書類を渡すぼさぼさ髪の印象がごっちゃになった。どんな顔で笑う男だっただろう。一般人の恋人とは上手く付き合えたのだろうか。ボンゴレの仕事は忙しい。屋敷に泊まり込んでいることもあった。
「…オレ、失敗してる……?」
「え…?」
「オレが無理させたのかな、やっぱり……」
「…病気は天命です」
「本当にそう思う?」
 獄寺は黙り込んだ。沢田はまだ両手を合わせている。二人で十字架の前にしゃがみこみ、動かない。
「……よく、解りません」
 ようやく獄寺は答えた。
「今まで、戦いの中で何度も死ぬ目に遭ってきた。姉貴の料理で酷い目に遭ったことも数知れない。でも……やっぱり、よく解りません」
 男の最期を看取ったのは、沢田と獄寺と担当の医者だった。恋人という男に、沢田は会わなかったが、獄寺は廊下で会っていた。男が息を引き取る時、廊下のベンチで待っていたそうだ。
「…マフィアってさあ、ないなら、ない方がいいよね」
「十代目……」
「相手のことを一般人って言うあたり、やっぱり普通じゃない世界だし。元々自衛団だったっていうのは納得してるんだけど、でも、最後に大事な人に会わせてあげられない組織なんてさ…」
「でも、こいつはボンゴレのお蔭で家族が出来ました」
 きっぱりと獄寺が言った。声に揺らぎはなく、強く、一語一語がはっきりとした発音だった。
「オレもです」
 沢田は立ち上がり、ぎこちなく十字を切った。
 高い壁に囲まれた墓地は風もなく、午後のあたたかな日差しの中で花は咲き、また沢田の献げた花束が黒い土の上、今咲いたばかりのようにきらめいた。獄寺も立ち上がり、十字を切った。アーメン、と小さな声が聞こえた。
「形だけでも真似が出来るんなら、伝わるといいな」
「家族の思いです。伝わります」
「…ありがとう」
 教会では神父がお茶をいれてくれた。沢田は懐から死んだ男の銃を取り出し、神父に預けた。神父は繊細な白い手でそれを撫でると、静かに微笑んだ。
「一度も使った形跡がない」
 沢田は少し驚いて神父を見た。
「とても善いことです」
 神父は十字を切り、これは大事にお預かりします、と軽く銃を掲げた。

 特に考えもせず夕食の店に入ったら跳ね馬ディーノがいて、そう言えばキャバッローネの管轄だったことを思い出す。そのままディーノを誘ってボンゴレの屋敷に帰り、ついでに玄関でリボーンと口喧嘩をしていたランボも掴まえて、合計四人でWiiスポーツをやる。部下がいないせいで、ディーノが最下位になった。別に獄寺に接待された訳ではないが、沢田がトップだった。
「じゃあ次マリオカート!」
 沢田はハンドルを掲げて宣言する。するとディーノが掌を沢田の方へ向け、もう片手で慌ただしく携帯電話をかける。
「待てツナ! ちょっとロマーリオ呼ぶから!」
 その向こうではランボが扉から顔を出して、階下に向けて叫んでいる。
「リボーン! ちょっとボンゴレ十代目の部屋に来い! リベンジだ!」
「てめーら、勝手に…!」
「いいって、獄寺くん。これ何人までやれるっけ? 十二人?」
「それはWi-Fiの対戦ですよ」
「まあいいや、山本とか、とにかく色々呼んでよ!」
 人が大勢つめかけた喧噪の中で、沢田は涙をこぼしながら大笑いをした。
「もっとみんなでやろう!」
 夜更かしをした。
 翌日、街は静かだった。パン屋はパン生地を捏ね、牛乳屋はシャッターを開け、ジェラート屋がまだ夢の中にいる頃、新聞配達の少年は街を走りながら、不思議と穏やかな静けさに首を傾げ、目の前の大きな屋敷を見上げた。すると、歯ブラシを加えた黒髪の男がシャツの襟を乱し、傷のある顎には無精髭に、目の下に隈まで作って表に出てきた。
 少年は新聞を差し出す。
「チャオ」
「…チャオ」
 男は口の端から歯磨き粉の泡をこぼしながら挨拶に応え、少年から新聞を受け取った。
 少年は自転車で朝焼けの街を走る。ボンゴレの屋敷を過ぎると道は下り坂だ。海からの風が心地良く吹き上げる。少年はペダルから足を離し、一気に坂を駆け抜けた。





助けてくれた人たちへ。