スカーレット・イン・ザ・ダーク




 確実性か美意識か。
 二者択一を迫られた時、獄寺隼人が迷わず前者をとったのは、沢
田のことを思ったからだろう。己が美しくあることより、沢田のた
めにならんと思う。
 街灯の陰に佇む。その姿は夜陰に紛れて、走行する車からは見え
ないだろう。赤い小さな点がタイヤを狙う。あの赤い点が俺の目だ。
俺の意志だ。引き金を引く。
 車は急にバランスを崩し、断末魔の悲鳴を上げながら斜めに滑る。
そして獄寺の隠れる一つ手前の街灯に激突する。獄寺は呼吸を一つ
整え、フロントガラスに目をこらす。運転手と、後部座席に二人。
まず運転手の額に赤い点が刻まれる。次に身を乗り出した後部座席
の男。
 ツーハンドでしっかりと掴む。ダイナマイトほどこれの扱いには
慣れてはいない。
「レーザーポインタなんかに頼ったら駄目よ」
 背後から姉の声が聞こえた。無視を決め込もうと思ったが口が勝
手に言い返した。
「銃撃は苦手なんだよ」
「フ、まだまだね隼人」
 どうだろう射撃の腕は最悪、才能皆無の姉には言われたくない。
 獄寺は残った弾を車体に撃ち込む。狙いは定かだ。うまくガソリ
ンに引火した。少しは親しみ深い爆音と爆風が前面を襲う。熱い風
と悲鳴。獄寺は銃を下ろす。
「アネキはどうなんだよ」
「愛よ。愛の力で命中させるわ」
「相手は敵だぜ。愛するのかよ」
「馬鹿ね」
 会話を続ける獄寺姉弟の目の前では、地獄への一本道を行く車が
炎を上げて燃えている。
 獄寺はちらりと姉の姿を振り向いた。彼女の素顔に僅かに顔が歪
むものの、もう突然嘔吐するようなトラウマは残っていない。彼女
は弟の視線に、フ、と笑うと踵を返す。炎に照らされ髪が赤く染ま
る。
「どこ行くんだ」
「帰るのよ。愛する人のもとに帰るの」
 彼は手の中の銃を見る。ダイナマイトほど慣れ親しんではいない
がそこそこに馴染み深い拳銃。とレーザーポインタ。
 くるりと振り返り銃を構えた時には姉の姿は消えていた。レーザ
ーの赤い光は闇の中をどこまでも伸びるようで、しかし不意に、姉
の姿のように消えてしまった。






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