清潔な食卓




 急に日暮れが早くなる。夏も終わったその日、久しぶりに夕食の
席を共にした。
 獄寺の横顔は西日に照らされて、灰色の髪も淡く色に染まる。ス
テーキから滴り落ちる血が赤々と光り、皿の上に落ちる。沢田はそ
の様子を上目遣いに覗きながら、唇の端についたソースを舌で舐め
取る。もし家庭教師がいたなら行儀が悪いと叱られただろうが。沢
田は自分のマナーの悪さも忘れている。
 きみを見ているときみを思い出す。出会ったばかりの頃のきみを
思い出す。そして思う。もしきみがマフィアではなくて、もし俺が
十代目候補でなかったら、それでも俺たちは友達になれただろうか。
俺たちは必ずしも気の合う関係じゃなかったんだ。きみは俺が十代
目候補だからあんなにも慕ってくれたんだし、俺はきみやきみの行
動が怖くっていつもビビってたんだぜ。それでも今はこんなにも離
し難い友達だと、沢田は心から感じている。
 ニコニコと嬉しそうな顔で夕食をぱくつく様子がとても幸福そう
だ。沢田はいつまでも咬んでいた肉を飲み込み、声をかける。
「獄寺くん」
「なんですか十代目」
 獄寺はナイフとフォークを持った手を休め顔を上げる。
「今度、食事でもどう?」
「食事なら今…」
「だから、外でさ」
「外食ですか。だったらいい店がありますから予約を…」
「じゃなくて」
 二度も言いかけたところを遮られ獄寺は口を噤む。忠犬よろしく
待っている獄寺に沢田は久しぶりに困りながら小声で言う。
「マックとかさ…」
「…マクドナルド?」
 それから獄寺はにっこり笑う。沢田の言うことに彼は逆らわない。
きみが笑って、俺の我が侭が通って、俺は警護付きできみとマクド
ナルドに行ってバーガーのセットを食べるのか。不意に馬鹿らしく
なり「やっぱ今のなし」と言うと、獄寺は些かのれんに腕押しした
かのような気の抜けた表情を見せるが、何か言い返すということは
ない。
 本音が見たいなあ。沢田は手の中でナイフを弄ぶ。獄寺の横顔は
夕日に照らされている。まるで夏の日のようにいつまでも暮れない
空。いつからこんなこと始めたっけ。皿の上の肉がちっとも減って
いない。赤々と血の滴る肉。沢田は赤い肉にナイフを刺しこみ切り
分ける。真っ赤だ。
 二人だけの食事は窓の外の西日のようにだらだらといつまでも続
く。







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