レディ・ファウスト




 俺が何を知っているか教えてやろう。女の素晴らしさだ。肌の甘さだ。乳房の柔らかさ
だ。腰の滑らかさだ。唇の赤さだ。濃淡長短を構わず美しく光る髪から、太きも細きも愛
らしいその爪先まで、唇を寄せた瞬間に女の全てが一斉に愛していると俺を包む。大慈大
悲の主と言えど、こいつは中々真似できめえ。と言ったら。
「然り!」
 実に楽しそうな声が隣から上がり、見ると女に化け損ねた悪魔が酔いに潤んだ目で俺を
見ていた。宜しく私はメフィストです、と差し出された手も、服から飛び出た首から上も
異形のそれで、滑らかな皮膚の上に点々と散らばる鮮やかな緑と灰色の斑点も黒子と誤魔
化すには苦しいだろう。珍しい痣なんです、とは言い訳しなかったが、悪魔は差し出した
手の異形の色彩に恥じらいを感じたか、ぽっと顔に紅葉を散らす。好奇心から、白いワン
ピースの下へ下へ視線を巡らせれば、意外にもすらりと伸びた脚は女の脹脛の白さそのも
ので、先にちょこんと履いた赤いパンプスが、少女から大人へ背伸びするような色気を持
っていた。
「ねえ、シャマルさん」
 俺の名はとうに存じ上げているらしい。微かに参ったな、と面倒の予感。首を反対方向
に巡らせると隣で飲んでいた女の姿がなく、待て待てここは当の女の部屋じゃないか、壁
にネオンの飾り物、こんなピカピカ光る部屋もたまにはいいが、率先して俺の趣味じゃな
かったはずだぜ。女の姿を探すが、気配さえ見つからず、確かにさっきまでこのベッドの
上でくんずほぐれつ愛の一戦と思ったのだが、どうしたことだろう、おしろいの残り香も、
イヤリングの片方も、それどころか商売道具を詰め込んだ俺の白衣諸々も見当たらぬ始末。
「ねえ、ねえ? シャマルさん?」
 せがむような悪魔の声。振り向くと潤んだ目と赤く染まった頬が俺を出迎える。ただし
そこかしこに鮮やかな緑と灰色の斑点のオマケつき。それでもまあ。
 俺は手を伸ばす。胸のあたりを鷲掴みにすると、期待を裏切るくらいに理想的に柔らか
な乳房の感触が、柔らかくあたたかな光のように俺の全身を包み込む。ああ、こいつは悪
魔だけど、女なんだなあ。メフィストと名乗り、俺の隣に座り、俺の口づけたグラスから
酒を飲む。きっとその調子で俺の魂を欲しにきたに違いないが、殺し屋が人を殺すように、
悪魔が魂をもらいにくるなんて何千年前から定まった仕事だろう。飽きるほどだ。俺は掴
んだ先から香る匂いを一杯に吸い込み、鼻に馴染む女の匂いににやける。
 ブーツの足を、赤いパンプスを履いた白い細い脚の隣に並べる。裸が寒いが、ブーツの
他に着るものがない。もしかすれば、この後地獄で炎に焼かれるかも知れぬのだから、い
っそ服など関係ないかも知らん。まあいいさ、と思い、女の脚の隣で俺は微笑む。すると
女の脚の持ち主は言う。
「私はそういう毛むくじゃらの腕に抱き締められるのも大好きなんですよ」
 女に愛されるのは何時如何なる場合であれ幸福だと、俺は断言して憚らない。






チキンさんのサイト『OIL』の絵掲示板にお邪魔して書いたもの。
Present for チキンさん。

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