晩夏の金の星




 明らかにやる気のないサックスとギターの音色の流れる中、山本はぬるいビールを飲み、
それでも上機嫌だ。獄寺の不意をついて唇奪ってやったぜ。同じく隣で、こちらは面白く
もなさそうにぬるいビールを口に運ぶリボーンに一方的に話し掛ける。
「俺はこのキスさえあれば、向こう三年は死なない自信あるね」
 言葉を受けるように無言で一発放ったリボーンの銃弾をまばたき一つせずかわし、背後
でビール瓶が割れた上に大騒ぎが起こるのも、笑って聞き逃す。リボーンの銃もまた何事
もなかったかのように懐に消える。
 山本はうっすらと赤くなった頬の上、しかし急に目を光らせてリボーンに言う。
「なあ、でも本当だぜ? まるで星みたいなキスを、お前は受けたことがないのか?」
 十以上も年下のヒットマンはそれも聞こえなかったかのように、下手なバンドに耳を傾
けた。



 ナポリより少し南の田舎町で短い週末が暮れてゆく。玄関で居眠りをしていた老婆が屋
内に引っ込み、ドアの外には猫だけが残される。黒猫は餌を求めるようにリボーンの後を
ついて歩くが、ヒットマンはそれを返り見る慈悲も持たない。この週末、彼が心をかける
のは彼の心の平安のみだ。
 だからこんな大荷物は邪魔で仕方ない。部屋に踏み込むとまだ泣いていて、呆れて開け
っ放しにしていたドアから猫まで滑り込んだ。リボーンは手を伸ばして猫の襟首を掴むと
ドアから外に放り投げ、なるほどこの牛もそうすればよかったか、と実行に移しかけたが
襟首を持った時点でそれも物憂く、また彼が優先するのは彼の心の平安のみだ。
 世間一般の定義によるところ愛情に基づいたベッドの上での戦いに再び相手を引きずり
込み、手堅く勝利を収め、見ると敗者は小娘よろしくシーツに包まり嗚咽を上げている。
「ランボ」
 名前を呼び、リボーンはシーツを掻き分け、涙で張り付いた髪の毛を掻き分け、震える
唇をそっと噛む。まだるっこしくて仕方ないが彼が心の平安を取り戻すには、この泣き虫
が泣き止む意外に術がないので。
 開いた窓から涼しい風が吹き込み、シーツの間では猫が鳴く。窓の外はすっかり暮れて
いる。屋根の上に金の星が輝く。
「ランボ…」
 再び名前を呼び、そっと静かに唇を触れさせる。精一杯のキスをしようとする自分がお
かしくて、照れ隠しにランボの鼻をつまんだ。



 沢田が獄寺の上着を抱き締めて眠っている。暑いから引き離そうとしても離さなかった。
そのことが少し恥ずかしくもあり、獄寺は部屋の外へ出て、廊下で煙草を吸う。廊下は夏
の日も落ちて薄暗く、奥から誰か歩いてくるが、その姿も定かでない。
 銃口を向け、それを金属バットで塞がれて山本だと知る。途端、反射のように眉が寄る。
野球バカはムカつくほどの笑顔で「夏は野球だぜ!」と言う。ここには甲子園はねえよ。
 この後、リボーンと用があるからと、珍しく絡みもせずあっさり離れようとした山本の
足が、二、三歩、止まる。振り返る、目が少し斜め上を泳ぐ。
「懐かしいな。ああ」
 ネクタイを捕まれ、驚くと、至極真面目な眼が目の前にある。
「お前、花火の匂いがすんのな」
 だからと言って! そんな一言で貴重な唇を売ってやったつもりはない。ダイナマイト
を五倍の量、放ろうとして、やっと眠っている沢田と、沢田の抱き締めた自分の上着に気
づく。
 ああ。獄寺はじりじりと音を立てるダイナマイトも忘れて赤い顔を両手で覆う。ああ、
十代目、そういうことならあなたの口から聞きたかったですよ。







元web拍手小話に少し加筆。

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