Happy new year 2010《獄ツナ編》 渋滞の長い列が、昔アニメで見た日本昔話のオープニングの龍の背中みたいに大きく蛇行して伸びているのが、山本には一望出来る。車はちょうど下り坂に差し掛かり、またしばらく動きそうにない。サイドブレーキを引き、シートにもたれかかる。ほんと、人間が乗ってる車の列じゃねえみたいな。 しかし後部座席の沢田と獄寺は、それより少し手前で視線を留めて、ナビの画面に映し出されたテレビを見ている。 「これって結局昨夜からブッ千切ってるよね、お笑い」 「番組梯子しましたからね」 「何で年始早々男のフンドシ見て面白いのか、そろそろ訳分かんなくなってきた」 恐らくこの渋滞の列のほとんどが、沢田と同じような疲労を感じているはずだった。空はどんより曇っている。日本一の初日の出スポットも低気圧には勝てず、また初日の出を期待して来たからには、その全ての自動車は帰るべき所に帰らなければならない。 漫才やコントの合間にちょいちょい初日の出中継が挟まって、その度に沢田が大袈裟な溜息を吐き、獄寺はいつも以上に怒ってみせる。 「まあまあ、牛乳飲めよ。あんパンもあるぜ」 「ぬるくなってんじゃねーか!」 獄寺は怒るが、沢田は大人しく山本の手からあんパンを受け取り、 「うっわ、何か微妙にもたれそう。獄寺くん、半分食べる」 「ありがとうございます十代目!」 差し出せば、獄寺は鮮やかに掌を返すのだ。 牛乳は自分で飲みながら山本も、フンドシ姿の芸人がテーブルの舞台の上でくるくる回転するのを眺める。 「初笑いはダウンタウンでガチだったな」 「初日の出はテレビ」 「九十九里浜でした、十代目」 「あとやってない初って何だ? 初夢?」 「あれ、カレンダーみると、いつも二日に書いてあるんだけど」 「それは一日の夜に見る夢が初夢だからです十代目」 「書き初め?」 「中学生じゃないんだからさー、やらないよー」 「じゃあ、大人になったことだし、姫初め?」 ぶふっと音を立てて沢田があんパンを詰まらせた。獄寺は手元の牛乳を差し出す。沢田はストローでそれを一気に吸い上げ、お、お茶…、と断末魔のような声を上げた。獄寺が慌ててペットボトルを差し出す。 惨事は何とか免れたらしい。そんな照れんなよー、と山本はハンドルにもたれかかり、後部座席を眺める。 「もうハタチこえてんだから。俺、着いたらそっこーイタリア帰るわ。お前らどうする?」 「え、イタリア?」 「姫初めなんだから、やっぱ一番好きな娘とやんなきゃな」 「好きな娘?」 「マルコの店の」 「あぁ………」 沢田はホッとしたような顔になって、姫初めかあ…、と言った。沢田が姫初めという言葉を口にした途端、何故か獄寺が顔を赤くする。 「健全な成人男子としてはな」 山本はチャンネルを変えた。フンドシ一丁の芸人の姿が消えて、もう随分昇ってしまったが美しい太陽の姿が画面に映し出される。 「あっ! ここ! ここですよ十代目、俺達が行った場所!」 「ええ? 嘘マジで!」 確かに、さっきまで三人で初日の出を待ちわびた場所の名がテロップで流れる。うっそ冗談さいあくー、と沢田と獄寺が合唱する。山本はウィンドウを開けて首を出し、空を見上げた。背後から晴れ間が追いかけてくるのが分かった。 《山スク編》 十二時間かかった。黒の毛皮は当節、しかしフェイクではないのだろうな、と山本は判じた。あの男の部下である、あの男のことなので、このご時世、本物の黒い毛皮を身に纏っているのだろう。しかし、あたたかそうだ。 日本から飛行機に乗って十二時間。車の運転は獄寺に押しつけ、着の身着のまま飛行機に飛び乗ったものだから、いささかにその格好は寒かった。勿論、コートを持って出ていないではなかったが、運転中はかさばるからと助手席に置いたが運の尽きだ。トレーナーにジーンズという寒々しい格好でミラノの空港に立っている。 「遅ぇぞぉ」 「そう思うんなら帰ればいいさ」 電話をかけたのは十二時間前。今からイタリアに行くから覚悟しておけよスクアーロと囁いたのが十二時間前。見るに、おそらくスクアーロは十二時間、しっかり山本を待ったのだろう。ものを食った気配もない。空港の清潔な空気の匂いしかしない。血の匂いなど掠めもしない。 「あんたの為にホテルをとった」 山本はポケットから携帯電話を取り出し、言った。 「あんたが絶対に気に入らない、絶対に文句言うようなホテルのスイートをとった」 「何寝ぼけてんだぁ」 「寝ぼけるのはこの後さ。あんたと姫初めしてから、その後」 「ヒメ…何だと…?」 先に立って歩き出すと、訳分かんねえぞぉ、とついてくる。 「いつものことさ」 山本は笑った。 「いつもの朝が欲しいだけだ」 《シャマルとモレッティ編》 酒場で飲んだくれているとの情報を得て行ってみるならば、本当に飲んだくれていた。自分が、ではない。大事な時に飲んだくれていることで有名なドクター・シャマルがではない。殺され屋モレッティがだ。 正体をなくす、と言葉では言うが、実際がところ、金髪のかつらを被り、ルージュをはみ出させ、纏ったドレスの肩紐は本来ならばそうそう落ちるものではないのに(何せ男の肩幅だ、そのあたりを考えてくれ)しかしずり落ちていて、しどけない、あられもない、いやさみっともない。 しかし淫らがましい、という言葉も浮かび、シャマルは溜息をつく。女の形をしたものにある程度反応するのは良しとして、これは女の形さえしていないのに、何が淫らだ馬鹿馬鹿しい。 「あらぁ、殺し屋のセンセェ。お久しぶりぃ」 口調まで乗り切っている。両脇に男をはべらせている。尻の小さい若い男と、上背のある肩幅の広い男。 「アタシ、新年のお祝いに飲んでたらさぁ、この子達ノリがよくって」 「そうかい」 「センセェみたいに無愛想じゃないのよ」 「無愛想で結構。あばよ」 「あらン、アタシと飲みに来たんじゃないのぉ?」 「俺はボンゴレボーズに頼まれてこれ持ってきただけだオラ」 息継ぎなしで言い、シャマルは厚化粧の顔に葉書の束を押しつける。 「テメエは死人だから住所がねえんだよ。年賀状も届かねえから、俺にしわ寄せが来やがった」 「アラ酷い」 「酷いのはテメエの面だ」 するとモレッティが立ち上がり、するりと腕を絡みつかせる。 「で、センセェの年賀状は」 そんなに欲しけりゃくれてやると放ったボディブローは効いたらしく、飲み過ぎの殺され屋はトイレに走る。 カウンターに遺された若い男が笑ってシャマルを見上げた。 「…で、連れて帰るんですか? 色男さん」 「冗談じゃねえや」 トイレから出てきたモレッティは手の甲で口元を拭い、ルージュの線を頬まで伸ばしながら、はっはっはっ酷いですね先生、と至ってまともそうに笑った。 |