カッコイイとはこういうことだぜ、コラ 1懐かしき軍属の日々よ。 ラジオから流れてくるのはムッソリーニの演説を取り込んだ最近の若者の音楽で、数日前、ある勢力からの非難によりレコード会社が配信を中止したという事件が世間を騒がせていたが、こうして流れてくるところを見ると、この国の人間も半世紀以上昔の出来事に関して、案外屈託がなくなったのかもしれない。風化すべからざる記憶であることは一方、認めるところではあるが、案外に面白い音楽なので、コロネロはチャンネルを変えることもせず、カウチの上でまどろんでいた。懐かしき軍歌の響きよ、懐かしき軍靴の音よ。しかしコロネロにとっては全て、過ぎ去りし日々よ、だった。 パラソルの影の下は静かで、打ち寄せる波の音も、眠りの前の血潮のように穏やかだ。しかしそれら全てを引き裂くような電話のベルが鳴った。コロネロは顔の上を覆う雑誌を退かさず、またその下ではまだ瞼を開けようとしないまま、手探りに電話を探した。カウチの下に手を彷徨わせると、硬いプラスチックの感触に触れ、そのまま無造作に掴む。 「COMSBINのコロネロか?」 電話の相手は挨拶もなしに無遠慮な言葉をぶつけた。寝起きの気分は一層悪化し、コロネロは頭の芯は既に覚醒していたが、わざとまだ眠りを引き摺るような声でどやしつけた。 「ああ? マナーのなってねえ野郎だな。電話が終わる前に頭をぶち抜かれたいか」 「仕事だ。賊が出た。ボンゴレファミリーだ。すぐ向かってくれ」 「…その前に訂正してもらうぞ、コラ。元、COMSBINだ。名前の後には様をつけてもらおうか」 「ムッシュウとでも呼ばれれば満足かね」 くだらない言い合いの間に、意志もはっきりしてきた。阿呆なことをしている場合でもない、か。 カウチから起き上がり、電話の側に散らばっていた地図を拾い上げる。 「オレに頼むからには相当な経費を覚悟してもらうぜ、コラ」 「出来る限りの努力はしよう」 「ビタ一文まけねえからな。その代わり人質の命は安心しやがれ」 そして短く、場所を言え、と指示した。相手はすらすらと座標を口述し、そしてコロネロの声音がそれだったものだから反射で出たのだろう、最後に上官と言い添え、気まずそうに口ごもる。コロネロは声を殺して笑った。地図を対して広げる間でもない。すぐに捕まるだろう。 「良いニュースを待ってろよ」 電話を切り、パラソルの影から出る。白い砂は、軍靴の硬い音を吸い込み、さくさくと静かに鳴った。目の前にはアドリア海へと続く小さな入江があり、そしてブルーに輝く彼の愛機、ファルコが出撃の時を待っていた。 * 人が、溢れていた。 飛行艇はよたよたと飛んでいた。イタリアに名だたるマフィアの名門、ボンゴレファミリーの艇とは思えぬほど、ゆっくりと、また不安定に飛んでいた。 怒鳴り声が聞こえた。 「ガキどもが俺と十代目の愛のコックピットに入って来るんじゃねえ!」 「何叫んでんの獄寺くん!?」 「落ち着けよ獄寺、定員オーバーなんだよ」 「知るかああああ!」 艇内には子供が溢れていた。お揃いの牛柄の園児服を来た、アフロの子供が五十人も、うじゃうじゃと乗っていた。 「がははーうんこうんこー」 「がははーぎゅいーん、ばばばー」 「機関銃はっしゃー!」 「魚雷はっしゃー!」 「触るな触るな。あと飛行艇に魚雷はついてないのなー」 「何をガキの相手してやがるてめえ!」 「人質ってのは大事だぜ、金づるだからな」 「山本、俺、山本の性格にこれまで何回も助けられてきたけど、今、凄く切ないよ俺」 「十代目! 切ないなら、俺の胸に、俺の胸に……ってこのくそがきゃあああ!」 青い空と海の狭間をよたよたと飛び続けるボンゴレファミリーの飛行艇内を描写するのは難い。ただ、それはもう些か蛇行運転をしながら飛んでいた。どの窓にも人が溢れていた。お揃いの牛柄の園児服を来たアフロの子供がうじゃうじゃと艇内に犇めき合っており、本来描くべきボンゴレファミリーの若き十代目の姿や、スモーキンボムの異名を持つ彼の右腕、また現在この艇を操っているはずの男の姿さえ見えないのだった。 「目ん玉魚雷はっしゃー!」 「ははは、それビアンキのブラジャーなのな」 「何で知ってんの!?」 「てめえ! 人の姉貴のブ、ブッ! 顔に!」 察するしかないのである。 「がははー、おれっち右舷に機影はっけーん!」 「すげー!」 「すげー!」 「すげー!」 アフロの子供がわらわらと右側の窓に駆け寄る。 お蔭で、勿論、 「おらクソガキども止めねえか!!」 獄寺の叫びも虚しく 「山本…世界が斜めってる…」 飛行艇は 「いつも軸がブレてりゃいいって歌あったな」 傾いた。 そして子供達がいなくなった分、さっぱりとした視界に群青の羽根が見えたのだ。 「コロネロ…!」 山本の目は途端に厳しくなり、あまりに不利な体勢からも彼は引き金を引く。しかし機関銃から発射された火は群青の羽根に煤さえつけることが出来ない。 「ここは任せた」 額に死ぬ気の炎を灯した沢田が半眼を閉じた静かな表情で外へ出るハッチを開ける。 「おいおい、ツナ」 「っ! 十代目!」 「大丈夫」 ツナは振り向き、微笑んで見せた。 「オレ、飛べるから」 * ファルコはアヒルの親子のように幾つも連なる救命ボートを牽引しながら海の上をゆるゆると進んでいた。 「イクスバーナー!」 「ちゅどーん!」 「ひねりこみ!」 「くるーん!」 アフロの子供達は救命ボートに乗り切れず、ファルコの羽根の上にまで溢れ出し好き勝手に遊び回っていた。操縦席のコロネロは奥歯を噛み締めその騒々しさのウザさに耐えていたが。 「零地点トッパ改!」 と叫びながら五人の牛柄の子供が後頭部にアタックしてきたのにとうとうキレた。 「てめえら全員海のもずくにするぞコラ!」 どれほどキレていたかは、科白からも察することが出来た。 * 「よっ、沢田ちゃん! イクスバーナーでフネ半分消し炭にしたって!? すげーじゃん」 「…うん……自分のフネをね……」 「え、ファルコじゃないの?」 「だったら…よかったんだけどね……」 「内藤、もう勘弁してやってくれ」 山本が隣からグラスを差し出す。内藤ロンシャンは沢田と山本の間に無理矢理割り込んで座り、山本から受け取ったグラスの中身を一気に呷り、隣の沢田の肩を抱いた。 「泣くなよう、沢田ちゃーん」 「十代目に軽々しく触ってんじゃねーぞ、トマゾ!」 沢田を挟んで反対側の席から獄寺がマイトを両手に十二本持って睨みつける。 「んなケチくさいこと言わないでもさ。獄ちゃんも沢田ちゃんを慰めてあげようよ」 「誰が獄ちゃんだ…!」 酒場は今宵も多くの飛行艇乗りで賑わっていた。沢田らボンゴレファミリーはその一角に陣取り、悲しく今日の被害額を計算していた。実害は、ロンシャンが大声でバラしてしまった通りだった。 「ツナ、大丈夫か…?」 いつの間にか他のファミリーもボンゴレを中心に集まり始めていた。優しく声をかけたのはキャバッローネの跳ね馬ディーノだ。 「ドカスが」 テーブルの上に足を載せ、低く一言吐いたのがヴァリアーのザンザス。 突っ伏した沢田の前に新しいグラスが置かれた。一匹狼のランチアが黙ってそこにワインを注いだ。 どのファミリーも、グループも、一匹狼も、仲の良いもの、険悪なもの、様々だったが、一つだけ共通点があった。コロネロの群青のファルコによって多大な赤字を築き上げていることだ。 皆、黙って飲んだ。お互いの被害はそれぞれ無線の盗聴で知れている。それぞれが黙って頭の中で概算を見積もり、今現在最も被害を被っているのは、おそらくボンゴレだった。 「決めた…」 低い声で沢田が言った。 「十代目……!」 獄寺が顔を上げた沢田の手を取る。しかし額に死ぬ気の炎を灯した沢田は裏拳で獄寺を五メートル向こうの床に吹っ飛ばし、ランチアの注いだワインを飲み干した。 「助っ人を雇う」 ディーノが目を丸くし、ザンザスが眉間に皺を寄せ、ロンシャンが口笛を吹く。続きを促したのはランチアだった。 ツナは全員の顔をぐるりと見渡し、その名を口にした。 「リボーンだ」 つづく |