ドライヴ・ブランニューデイ




 目が覚めると窓から射す陽光に部屋が暖かい。まだ寝ていたい気持ちが半分、しかし裸の肩に触れる空気が気持ちよくて寝ているのが勿体ない気持ちも半分。沢田はあと10秒だけと胸の中でカウントし、結局100まで数えてベッドから起き上がった。
 椅子の上に放っていたTシャツを羽織り、窓辺に寄る。昨夜はカーテンを閉めて寝たはずだ。それが開け広げられている。窓を開けると、なだらかな丘陵を枯れ草の柔らかな匂いを乗せた野の風が吹き抜ける。まるで写真か土産物の絵はがきのような景色。金色の丘陵に曲がりくねった一本道、道沿いにぽつぽつと立つ糸杉。穏やかなトスカーナの景色。
 ベッドを振り返る。獄寺の姿はとうにない。きっと一時間も前に起きてカーテンを開け、今は朝食を作っているのだろう。コックも連れて来ればよかったのかもしれないが、それでは折角部下たちのプレゼントしてくれた心遣いが無駄になる。既に去年となってしまった昨日の夕方、山本が肩を叩いて言ったのだ。たまには二人でゆっくりして来いよ。
 ノックの音と共に、十代目、と呼ぶ獄寺が顔を出す。
「おはよ、獄寺くん」
「おはようございます、十代目。朝ご飯ができましたよ」
 エプロンを脱ぎながら歩く獄寺に案内され広いダイニングにつく。そう言えば昨夜はワインで乾杯した後はろくに家の中など見ていなかった。
 煉瓦の床に暖かな絨毯を敷いて、それからがっしりとした木のテーブルと椅子。陽光を取り入れる大きな窓の枠もこの家が出来た時のままの木なのだろうか。
「古い家だね」
「八代目がこの土地の公爵から購入されたのだそうです、秘密基地として」
「秘密基地?」
「この隠れ家を知るのはボンゴレの頭首と、運転手だけですよ」
 獄寺が椅子を引いてくれて、沢田はきょろきょろしながら周りを見渡す。飾られた額縁の中には凛とした表情のオッターヴォ、セピア色に褪せた当時の集合写真。
 朝食の目玉焼きトーストは、先日久しぶりにジブリの映画を見たから。それからコーヒーと、それに入れるたっぷりの砂糖とミルク。手抜きだけど食べたいものを、起き抜けのゆるゆるとした気持ちのまま甘いものを。
 まるで一月一日ではないようで。毎年この日と言えば傘下のクラブやホテルで揉め事が起きやしないか、新年パーティーに敵が乗り込みやしないかと胃を痛くしながら過ごしてきたのだ。ローマの、慌ただしいボンゴレの屋敷。次から次へとやってくる被害報告、徹夜でハイになりながら出動する山本の笑い声、自分の泣き言とリボーンの雷、それから銃声。落ち着く間もない騒動騒動大騒動。それに比べてこの静けさはこわくなるほどで。
「獄寺くん」
 沢田は飲みかけのコーヒーを置いた。
「これ飲んだら、ローマに帰ろうか」
「…はい!」
 うずうずしていたらしい獄寺が元気に立ち上がる。二人は立ち上がったまま甘いコーヒーを飲み干して、取る物も取り敢えず車の運転席と助手席に飛び乗った。エンジンをかけ急発進。何故か笑いが止まらない。二人きりの旅行を擲つなんて勿体ない!だから沢田は運転席の獄寺の頬にキスをする。ローマまでのドライヴ、心のガソリンを満タンに。





2012年、風さんへ年賀状