トーキン・アバウト・ラブ/立てない




 ゴミ捨て場で猫を拾った。今日で六匹目だ。
 冬の寒さの残る路地は、冷たく饐えた匂いがした。それは真夏の暑さと腐臭とは違った、
土を被せられる死を思い出させモレッティは胸の奥に冷たいものを感じる。医学部生と殺
され屋。生と死の狭間を行ったり来たりではない、死と死の間だ。その隙間に生がある。
モレッティは、己が力で目覚める能力に乏しい。今日の仕事も、全てが終わって後、ボン
ゴレのエージェントに起こされて生き返ったのだ。
 死はあまりにも身近にあり、そして目覚めないことを思うと怖ろしい。目覚めなければ
恐怖など感じることもなくただ死ぬばかりだが、こうして生き返ってしまうと、先まで佇
んでいた岸はひどく怖ろしい場所に思えた。そういった心の揺れからだろうか。生きたも
ののぬくもりを求めて、結果今日もゴミ捨て場から拾い上げた六匹目の猫。狭い部屋に増
えてゆく猫を、友人であるあの男は一人寝の寂しさだと揶揄するが、モレッティは反論し
なかった。自覚はなくともそうかもしれぬ、と思う。友人は自分が反論しなかったことが
手応えなく、面白くなかったらしいが。
 ゴミ捨て場の毛並みも悪く、両の瞳も目脂で汚れているが、構わず腕の中に抱きかかえ
る。猫は空腹からだろうか、抵抗せずモレッティに抱かれるままになった。モレッティは
もう片腕に抱いた買い物袋を抱えなおし、猫五匹が帰りを待つ部屋へ急ぐ。
「にゃーおう」
 下手な鳴き真似が聞こえた。モレッティは足を止めた。狭く暗い路地の隅に蹲る影があ
った。真っ黒な影だ。血の匂いが鼻をくすぐる。彼はゆっくりと後ずさる。
「おい、可哀相な猫を拾っていくのが趣味じゃないのか?」
 期待外れに疲れ果てたような声が投げられた。モレッティは眉を寄せ、そして相手を確
認すると溜息をついた。
「随分大きな猫だ。手に余ります」
「ばーか野郎、俺だって男の世話になんかなりたかねえよ」
 憎まれ口をたたくだけの元気があるようだ、と皮肉を言いかけてやめた。
 シャマルは暗い路地の上で、蹲ったまま視線だけを持ち上げ、言った。
「手を貸せ」
 尋常ではない量の血が石畳を濡らしていた。


 結局モレッティが捨てたのは買い物袋だった。懐に猫入れ、両手で何とかシャマルの身
体を支える。シャマルは自分の力では立つことも出来ず、ほとんど引き摺られてモレッテ
ィの部屋まで運ばれた。
「…どんなヘマをすればヴァリアーのあんたが……」
 モレッティは明るい電気の明かりの下で改めて呆れた声を出した。
「そもそも何で、まだ医学部生の俺を頼るんですかね。美人の女医なんか何人もいたでし
ょうに」
「五人だ」
「五人も…」
 もったいない、と溜息をつきながらも、モレッティは手を休めない。男の手によって服
を脱がされ消毒されることが生理的に受け付けないとばかりに鳥肌を立てている男を治療
すべく、湯に、タオルに、消毒にガーゼ。無数の裂傷、打撲。まったくリンチにあったと
しか思えない傷だ。
「骨が折れてた日には、俺だって無理ですよ」
「その時は俺の指示通りにやりゃあいい」
「大した自信ですな、ドクター」
「お前のことだって、治療を我慢してやる程度にゃ信頼してるぜ」
「ありがたいことで…。で、五人の女医さんは? 愛してはいるが信頼してませんか?」
「それがなー」
 そこでシャマルはこの大怪我だというのに、やにさがった笑みを浮かべた。
「女だよなあ。愛だよ」
「愛?」
「いやー学会で鉢合わせしてよ」
「………」
「五人いっぺんに愛されても、その愛を受け入れてこそ男だろ」
 浮気の発覚と修羅場をこんなにも楽しそうに話す男を、モレッティは初めて見た。
 ヴァリアーなんだから仕事で仕事らしく負傷したりできないのか、と言おうかとも思っ
たが、彼の稼業では負傷を飛び越えて昇天以外ない。
 そのうち、消毒の匂いにも慣れてきたのか、猫たちがベッドの上のシャマルにおずおず
と近寄り始めた。男は重傷もなんのその、オスはあっちいけ、と追い払い、メス猫の喉を
撫でて、なるほど可愛いもんだな、とのん気なことを言った。
「…で、懲りましたか?」
「何に」
「………」
「トライデントシャマルをここまで愛する女がいるんだ。俺はもっと愛してやらにゃ。も
っといい女が俺を待ってるぜー」
「…殺し屋の足を立たなくする女医以上に?」
 シャマルが返事をする前に、メス猫が気持ちよさそうに一声鳴いた。毛むくじゃらの指
で猫の喉を撫でてやりながら、シャマルはニヤリと片目を瞑ってみせる。
「…なら、もう、王国の姫君かなんかと密通して、国際指名手配にでもなるしかないでし
ょうよ」
「おっ、姫か。いいねえ」
 猫が空腹に騒ぎ始めた。今日拾ってきた六匹目もぐったりしてしまい、モレッティは慌
てて猫の食事の世話に取り掛かる。バタバタとするうちに時計の針はぐるぐる回り、気づ
けば猫もシャマルもベッドの上で寝息を立てていた。
 シャマルの寝顔はニヤニヤと笑っていた。
 急に全身の疲労をモレッティは思い出した。そうだ、俺も今日一仕事終えたばかりじゃ
ないか。なのにプライベートで怪我をしたヴァリアーの世話だなんて超過勤務もいいとこ
ろだ。しかもベッドまで占領されて。
 モレッティはソファに横たわる。すると、小さな声が、ニャー、と鳴いた。六匹目の猫
がモレッティの腹の上によじ登ると、丸くなって目を瞑った。モレッティは溜息をつきな
がら微笑し、猫を手で抱くようにして自分も眠りに落ちた。






チキンさんに便乗。
シャマル過去ヴァリアー捏造物語。
モレッティの過去も捏造。

お題配布元→ボコ題

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