トーキン・アバウト・ウィメン/泣きわめく




 若い頃は燃えるような恋もした。
 ディーノが冗談だろうとでも言うように笑う。ロマーリオは苦笑いしてライフルの手入
れを再開した。
 ライフルを初めて手にしたのは二十五の時。遅かったが筋は悪くなかった。ロマーリオ
はそもそも田舎の出で、十代の最後の年に弟を連れて故郷を出た。弟は大学を目指してい
たが、希望の学部に通らず、今は故郷に戻って教師をしている。兄の就いた職業が職業故、
写真入りの手紙さえ送られてこないが、随分前、故郷を通ったとき、自分に似た口髭の男
を見つけた。カタギと極道で道は違えてしまったが、昔から似た兄弟だった。
 弟と別れて後、ロマーリオは正式にキャバッローネに迎え入れられた。勿論、まだディ
ーノに世代交代する前の話だ。あのころ屋敷に立ち込めていた仄暗い空気。覚えた硝煙の
匂いとライフルの扱い方。酒。スコープの向こうで飛び散る血。思い出すと苦笑いがこぼ
れる、その影で僅かに胸のどこかに痛みが走る。
「で、どんな女の人だった?」
 急にディーノが声をかけた。ロマーリオはライフルを整備する手を休めず言った。
「いい女だったよ」
「どう」
「どうって…いい女さ」
 燃えるような恋が若い時代だけの特権とは思わない。が。
「ボスはどうなんだ。燃えるような恋は」
「オレはお前らのお守りで手一杯さ」
「逆だぜ、ボス」
 恋もいいが、今はこの人との日々が楽しくて仕方がない。



 イワンが新しい女と別れたという。モヒカンの頭を項垂れ、ラテンの男に似つかわしく
ない涙を浮かべる若い同僚に思わず笑みをこぼすと、イワンはそれを非情の表れととった
らしい。肩を叩きなだめていると、ボノが元プロテニスプレイヤーだというマイケルを連
れてやってきた。二人は目と鼻を赤くしているイワンに理由を問いただす。そして女にふ
られたのだと分かると、やはり、笑った。こうなると、自分も笑いがこみ上げてきて止ま
らなくなった。
「ひどいぜ、ロマーリオ」
 結局、四人で飲みにいくことになった。



 グラスの底を薄く琥珀や赤が満たしている。誰が喋るともとれないざわめきと天井にも
くもくと溜まる煙の下で、ボノが静かにカードを配る。
「さよなら、じゃねえんだよ。もういいわ、だぜ?」
 つぶらな瞳を酔いに細めたイワンは、カードを放りながら言った。
「女なんて星の数だよ」
 マイケルがその上に一枚放る。
「でもあんないい女…」
「よっぽどいい女だったんだな」
 ロマーリオが苦笑すると、イワンはむっとしたように顔を上げた。ボノがその視線を遮
るようにカードを配り、ロマーリオに声をかける。
「ロマーリオさんは? いい女っていました」
「ああ。昔住んでたアパートの隣にすごい女が住んでたな。むしゃぶりつきたくなるよう
な、ってやつだ」
「で、どうしたんです」
「どうもしなかった。男がいたんだ」
「いたって構わないじゃないですか」
「これがまたヤクザな男だった。タチの悪い女衒だ。とっかえひっかえ女を引っ張り込ん
じゃ殴る蹴る犯す、売り飛ばす。いつか始終、泣きわめくが聞こえてくるんだ」
「そんな奴が今でもいるんですか」
「いるな」
「で、そのいい女は?」
「自分でも道端に立ってた」
「じゃなくて、ロマーリオさんは惚れたんですか、その女に」
「惚れてどうする」
「そこは一つロマーリオさんの腕で、そのタチの悪い男をばズドンとね」
「でもロマさんは助け出して王子様って顔じゃないね」
 マイケルが口を挟む。
 ボノは思わず息を詰まらせ、イワンはモヒカンをも震わせて吹き出した。
「…そうだ」
 ロマーリオは苦々しく笑って、カードを開いて見せた。フォーカード。オオ、と声を上
げてマイケルがカードを投げ出す。イワンはもう一勝負と、グラスの底の酒を飲み干す。
ボノは静かにカードをきり始める。
 そうだ、自分は王子様という柄ではなかった。
 いつも泣きわめいていたのはその女自身だった。あんな男とは別れろ、俺と一緒に来い、
と言うと尚のこと激しく聞き分けのない子供のように首を振り、涙をこぼし続けた。どう
してだ、と激情に駆られた瞬間、ロマーリオは自分こそが女を殴りそうになっていること
に気づいた。自分の拳は空で震えていた。女は、いやだ、とその一言ばかり繰り返し泣き
わめいていた。
 配られたカードに染みた手垢とシミ。それを透かして過去が覗く。酒を飲み、カードを
終え、一人で店を出た。ライフルを組み立てる腕はちっとも震えなかった。スコープの向
こうに隣の部屋を見る。女を殴ろうと振り上げられる拳。ロマーリオは引き金を引いた。
全く何の熱情も興奮もなかった。割れた窓から振り乱される女の髪が見えた。あのときも
泣きわめいていたのだろうか、どうだろうか。翌朝からは? 泣き続けたのだろうか。ロ
マーリオは知らない。その夜を境に、アパートの部屋には戻らなかったのだ。
「フォーカード」
 イワンの声に我に返った。ワンペアしかそろっていないマイケルが悔しそうに新しい酒
を注ぐ。若者の目はまっすぐ自分に挑んでくる。
「ストレートフラッシュ」
 ロマーリオがカードを並べると、イワンはがっかりと俯いてモヒカンの頭がこちらを向
いた。
「落ち込んでる暇はないぜ」
 笑いながらロマーリオはイワンのグラスに酒を注ぎ、自分も飲んだ。
「そのうちボスがもっと楽しいことをしでかしてくれるさ」
 ボノが、そうだ、と言うように笑いイワンの肩を抱いた。マイケルが、験が悪いと新し
いカードの封を切る。もう一勝負。
 若い仲間に、若い恋。新しいボス。そして手の中には真新しいカード。ロマーリオはも
う少しで思い出しそうになった隣部屋の女の名を、カードと共にそっと捨てた。






ロマーリオ過去捏造。

お題配布元→ボコ題

ブラウザのバックボタンでお戻りください。