サーティフィケイト・アバウト・ラブ part.1/殴られた




 目の周りの痣が赤黒く生々しい。ビアンキはドアを乱暴に後ろ足で閉めると、つかつか
と部屋を横切ってまっすぐバスルームに入った。毛皮や薄い布のような洋服が次々と放り
出され、仕舞いに下着がはらりと落ちて裸身はドアの向こう、一瞬の間にシャットアウト
される。モレッティは手に持っていたビールの缶を、ぺこり、と音を立ててへこませた。
そんな些かなりともの抗議も、水音に遮られて届いた筈はないのだが。
 ビアンキの今の恋人の暴力は日を増すごとにエスカレートしているようだ。前の痣さえ
まだ消えていないのに今夜ときた。見える場所ばかり殴られる。美しい顔が腫れ上がり、
血を流し、モレッティはそのたびごとに一時の安らぎも晩酌も諦めざるを得ない。今夜も
またテレビのスイッチを切り、飲みかけのビールを捨てて、ビアンキの浴びる冷たいシャ
ワーの音を聞く。
 裸身のビアンキは人形のような無表情でソファを占領する。皮が濡れようがお構いなし
だ。モレッティがタオルをかけてやるのは抗わない。しかし、その温もりを受け取ろうと
はしない。灰色の髪が重たく垂れ、今にも首を折りそうだ。モレッティはタオルで濡れた
髪を包み込む。そこで初めてビアンキが抗った。
 白い、骨の形さえ見えそうな薄く、細い手の甲が、そっとモレッティの手を退けた。モ
レッティは沈黙の上に更に沈黙を落とし、手を引く。刹那、白い手は拳を作り、闇雲にモ
レッティを殴った。
「…殴ってよ」
「なに」
「女を殴るような男のところには行くなって、殴って」
「それじゃ一緒だ」
「一緒じゃない」
「一緒だ」
 今度は正確に鳩尾を殴られる。モレッティは女の足元に跪く。女の拳は容赦なくモレッ
ティの上に降り注ぐ。彼はそれに耐えながら目の前にある彼女の細く尖った膝を見る。血
の気を失って真っ白だ。そのまま骨が剥き出しに、否、骨だけで出来ているかのようだ。
 ビアンキが息を切らし、拳を振っている。もう当たりさえしない。モレッティはそっと
起き上がり、今夜できたばかりの赤黒い痣の上にキスをする。ビアンキの身体が痙攣する。
強張った膝と膝を手で割り、冷たく濡れた足の間に顔を埋めると、悲しげな怒りのうめき
が上がる。
「キスするだけさ」
 ビアンキは声を上げて泣いた。モレッティは飲みかけのビールの缶を手で潰すような夜
が今夜で終わることを祈り、泣く女を抱いてあやし続けた。







お題配布元→ボコ題

ブラウザのバックボタンでお戻りください。