トスカーナの休日/叫ぶ




 外へ出ようと誘われて、久しぶりにホルスターを身につける。シリンダーの中の六発を
確認。最後の一発は嘆き弾。大きな屋敷の隅から隅まで響き渡るような大声で呼ばれるの
は自分の名前。
「マングスター!」
 たしなめたい気持ち半分、しかし誇らしさと愛しさを隠さず彼は返事をする。
「はい、ロンシャン様!」
 子供のようにロンシャン君と呼んでいたのは、もう十年前の話だ。


 トスカーナには太陽の光がさんさんと降り注ぐ。どこまでも続くような大地、豊かな、
遮るもののない緑色の絨毯のような大地を悠々と歩くのはトマゾファミリーの八代目ボス
であり、かつての教え子である。明るく、懐広く、常に内乱の絶えなかったトマゾを一つ
に纏め上げた若きボス。その後姿はなんと強く、逞しく、また美しいことだろう。身につ
けたもの全てが太陽の光を反射し、光り輝いている。マングスタは眩しさに思わず足を止
めた。
「…マングスタ?」
 ロンシャンが振り向く。ピアスやチョーカーがきらきらと光り、マングスタは聖人の降
臨を目の前にしたかのように動けない。
「どしたの? マングスタ!?」
「ロンシャン様…」
 ロンシャンを包む光はいよいよ輝きを増し、視界が真っ白に塗り潰されてゆく。三度自
分の名を呼ぶロンシャンの声を遠くに聞きながら、マングスタの身体はゆっくりと傾いた。
「マングスタ!」
 慌てて駆け寄るロンシャンの叫びは広大な草原の中では、あまりに小さかった。
「マングスタ!しっかりして、マングスタってば!」
「ロンシャン…様…」
「ちょっ、どうしたんだよー!」
 子供の頃、目の前で内乱が起ころうと動揺一つ見せず笑顔を浮かべ続けたロンシャンが、
まるで度をなくして叫んでいる。まるで頑是無い、本当に、子供のようだ。そう思うと懐
かしく、口元が自然と笑む。
「やだやだやだ、目、開けようよ! まだ散歩の途中じゃん。オレ、時間作ったんだよ、
マングスタと散歩するためにさー、とっ、トーニョーなんだろ!? トーニョーには散歩
がいいんだろ? 効くんだろ? 散歩しようよ! 元気になろうよ! 目を開けろよマン
グスタ!」
 ぼかぼかと胸を叩かれる。その痛みさえ遠のき始める。しかしマングスタは力を振り絞
って口を開いた。
「…そんなに叫ばなくても、聞こえ、ますよ」
「マングスタ!」
 僅かに開いた瞼の隙間から、光に囲まれたロンシャンの泣き顔が見えた。
「ロンシャン君…泣き虫になっちゃったんですか……?」
「……マングスタァァァァァ!」


 丘の上から二人はその光景を見下ろしていた。パンテーラの右手に握られた風車は既に、
この機に乗じようとした暗殺者を六人血の海に沈め、ルンガはスナイパーを一掃したライ
フルをギターケースに戻しているところだった。
 パンテーラもルンガも表情に乏しい顔を見合わせ、肩をすくめた。パンテーラが懐から
飴玉を取り出す。低血糖を起こしたマングスタのもとへ持っていってやらなければならな
い。どうあれ彼らが十年支え続けたボスを泣かせるのは趣味ではない。たとえこの後、こ
の迂闊さとうっかりぶりを切れ味鋭い風車の的にしてお仕置きしてやろうともだ。
 二人はふわりと、軽々とした身のこなしで丘から飛び降りた。トスカーナの太陽降り注
ぐ緑の中にロンシャンの涙まじりの叫びが響くのが、二人の耳にはしっかりと聞こえてい
た。






これでも最初は本当にダンディマングスタを目指していました。

お題配布元→ボコ題

ブラウザのバックボタンでお戻りください。