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 列車の音に耳を澄ます。それが心地良く聞こえるのは、平和な時代の記憶の名残りだろ
うか。電車の中は、よく眠くなる。目的地に近づくにつれ深くなる眠りは甘美で、気づけ
ば隣に座っているリボーンも目を開けたまま眠っていることがあった。眠くて、少しもた
れかかると、獄寺は身体を固くした。だから獄寺と一緒にいるときは、あまり居眠りをし
たことがなかった。山本とは、乗り越したことがある。
 獄寺は沢田の身体を拭き終えると、眠っていてください、と囁いた。
「終点に着いたら、起こしますから」
「きみは?」
「十代目をお守りします」
「じゃあ、俺も起きとく」
「ご心配なさらず…」
「起きとくよ」
 ベッドの上に横たわったまま、沢田は答えた。獄寺が微笑み、はい、と小さな声で言っ
た。
 部屋には新品の着替えが用意されていたが、沢田は素裸のまま寝転がり、獄寺を呼んだ。
獄寺は既に衣服を身につけていたが、誘われるままにベッドに並んで横になった。沢田は
獄寺の胸に顔を埋め、清潔なシャツの匂いを吸い込む。
「ここがロシアじゃなかったら」
「え?」
 籠もった声が聞こえなかったのか、獄寺が聞き返す。しかし沢田はわざわざ顔を上げる
ようなことをせず、獄寺の胸に話しかけるように言葉を続けた。
「もっとしたかった」
「………」
「これがボンゴレライナーじゃなかったら。殺人なんてなかったら。もっと、したかった」
「…しましょうか」
 身体が反転する。やけに真剣な顔をして押し倒す獄寺に、思わず笑いがこぼれた。
「出来るの?」
「出来ます」
「俺が好きだから?」
「はい」
 沢田は手を伸ばし、獄寺の首に絡みつかせ「今はこれで十分」と言った。
 そこから先のことを覚えていない。獄寺が羽根布団を肩までかけてくれて、それから自
分は、喉が渇いた、と言った気がする。すぐに戻りますと言った獄寺の声が聞こえた気が
したが、それが夢か現か分からない。
 目覚めた時、獄寺はいなかった。それほど長い時間、眠っていた訳ではない。もう一時
間ほどで日付が変わる。
「散々な誕生日だな…」
 独り言を呟き、起き上がろうとした時、沢田は自分の言葉に違和感を感じて動きを止め
た。
 誕生日。ボンゴレライナーはリボーンからの誕生日プレゼントだ。なら、昨日はリボー
ンの誕生日だったはずだ。
 覚えていない。気がついたときには、この列車に乗っていた。
 急に身体が冷えた。
「獄寺君…」
 今度こそ起き上がり、服を着る。銃は獄寺に預けたままだ。
 椅子の上には、自分が乱雑に脱ぎ捨てた服が丁寧に折りたたまれ、置かれていた。獄寺
だ。襟元を抓み、自分の身体の匂いをかぐ。この身体を拭いてくれたのも獄寺だった。悪
童、スモーキン・ボム、彼に冠せられた名を考えれば、彼の性格も知れようというもの。
なのに彼の仕草は優しく、行為の根底には優しさがある。爆炎を生み出すのと同じ手で、
獄寺は沢田に優しく触るのだ。
「信じる、か…」
 沢田はさして悩まず、Xグローブも服の上に置いた。リボーンが、手相を見せる時も、
真夏のうだるような暑い日でもつけておけと言ったグローブ。今は毛糸の形状のそれは、
この列車が何事もなくオーロラの見える場所に着けば、おそらく役に立った筈だった。
 その時、空想を打ち砕くような爆発音が響いた。車体が激しく揺れる。沢田は慌てて通
路に飛び出す。
「獄寺君!」
 後方の車両に向かって走る。何枚目かの連結部の扉を開けた途端に、黒い煙が吹き出し
た。壁や床が焼け焦げている。通路の真ん中には、俯せに人が倒れていた。
「獄寺君!」
 沢田が駆け寄ると、獄寺はわずかに顔を持ち上げ、悔しそうに顔を歪めた。
「逃げてください…十代目……」
 奥からマシンガンが火を噴き、床に穴を開ける。
「十代目、逃げて…!」
「君を置いて行ける訳ないだろ!」
 獄寺の身体を引き摺るようにして沢田は走った。背後に響く銃声は今にも背中に襲いか
かりそうだ。前の車両に飛び込み連結部の扉を閉めると、間一髪の所で弾が扉に食い込む
のが分かった。
「獄寺君、敵は……」
 沢田は息をきらし、獄寺に問いかける。しかし獄寺は返事をしない。
「……獄寺君?」
 伸ばしかけた指が、反射的に引っ込んだ。
 車両に飛び込んだ格好のまま、獄寺は動かなかった。床の上には赤い染みがじわじわと
広がっていた。



火にまみれても君は君





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