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 自分の為に用意された部屋に入るのは初めてだった。他の客室と全く変わらない。やた
ら装飾の凝った窓枠、ベルベットの手触りのカーテン。ベッドに腰を下ろす。シーツは真
っ白に見えて、実は織りの模様が施されている。
「このくらいのサイズのベッドって、久しぶりだ」
 広いベッドに慣れたから。そう言って沢田は笑った。獄寺は扉の前に佇んだまま、動け
ない。
「なんか、本当にフィクションみたいになってきたね。こういうのあるんだろ? 俺、本
読まないからよく知らないけど。『そして誰もいなくなった』だっけ?」
「…アガサ・クリスティーですね」
「そういう名前だった気がする。あと『シベリア急行の殺人』?」
「近いです」
「映画もあったろ? 『オリエント超特急』? あれ? 逆?」
「『シベリア超特急』です」
「そうだ。あ、そしたら…」
「『オリエント急行の殺人』ですね…」
「早く言ってよ」
 沢田はネクタイを解くと、ゴミでも手放すかのように床に放る。
 扉は施錠され、椅子とスーツケースが頼りないバリケードを張っていた。獄寺はそれら
を背に佇み、次々と服を脱いでいく沢田をただ見詰めている。
「早く来てよ」
「十代目…」
「それとも獄寺君は着たままやるの?」
 俺、嫌だからね、と沢田は笑った。
「来い」
 命令された瞬間、獄寺の足は動いている。そして沢田の前に跪く。手を伸ばし、沢田の
ベルトを緩めようとすると、髪を掴まれた。
「違うだろ」
 違うよ、と小声に、早口に沢田は呟く。
 獄寺は観念したかのように沢田を抱きしめた。
「俺…見境ないですよ?」
「だから?」
「きっと泣かせます」
 沢田は笑って、獄寺の背中に腕をまわす。
「期待してる」
 沢田のリクエスト通り、獄寺は着ているものを脱ごうとしたが、上着を一枚脱いだとこ
ろで考えを変え、まず沢田を丸裸にした。最初にしようとしていたことをすると、沢田は
抗おうとした。しかし彼の抵抗を封じるのに一番良い場所を獄寺は知っていた。何夜と何
十夜と手で、指で探索した沢田の身体の悦い場所、悦い場所を一つずつ辿る。十年前の記
憶から一つずつ辿ってゆく。
 沢田の息はだんだん溺れる者のそれとなり、甘い息が唇から溢れ出す。ぬめる指で最後
の場所を探りにかかると、獄寺の耳をつんざいた。
「しますよ」
 耳元に囁くと、沢田が潤んだ目を見開いて、嫌だ、と叫んだ。
「脱げ! 脱いで…」
「脱ぎません」
「脱いでよ…!」
 しかし獄寺はほとんど服を肌蹴ぬまま沢田の身体を抱きしめた。繋がる速度と一緒に沢
田が声を上げる。
「やだ…いやだ……!」
 沢田の腕が胸や背中を叩く。胸や腰は、より密着しようと擦り寄せられる。しかし獄寺
の皮膚に辿り着くにはシャツやネクタイが邪魔をする。
 そのままの行為で一度果てると、沢田の目は真っ赤で、泣くまいと堪えているのが分か
った。窓の外は闇なのに、それでも仄かに射すようなそれは、雪が遠い天上の光を抱えた
まま降ってくるのだろうか。暗い闇の中で、沢田の顔は薄青い影に照らされる。両目が獄
寺を睨みつけている。
 獄寺は沢田から退かず、そのままシャツを脱いだ。下に手をかけたところで、沢田の足
が胸を蹴った。ようやく二人の身体が離れる。沢田は荒い息をつきながら、怒ったように、
事実怒って獄寺の残った着衣を無理矢理脱がせた。獄寺が手を伸ばすとそれを払いのけ、
逆に相手の身体をベッドに押しつける。
「触りたいって言っても…許さないからな…」
 本気の怒りを目に湛えたまま、沢田は獄寺の身体を跨いだ。
「泣かせてやる…!」
 獄寺自身を飲み込み、泣きながら沢田は言った。
「十代目…」
「俺がっ…泣かせて…」
 喋る間にも涙がぽたぽたと裸の腹の上に落ちる。獄寺はそっと手を伸ばし、沢田の腰に
触れた。手の中で、沢田の身体が、骨までもがびくりと震えるのが分かった。
 裸の腕の中に抱き込むと、沢田の身体はやはり男だということが分かる。それでいて尚、
やはり細いことが分かる。自分の身体とは異質のものだと分かり、交わり合う唯一の身体
だと全身が求める。
「十代目…!」
 みるみる沢田の顔は泣き顔になって、どちらからともなく引き寄せた唇が重なった。



夢とカルキ





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