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 当然だ、と沢田は呟いた。通路の明かりは深夜に近づき、仄かなものになる。薄く降り
かかるのは光ではなく、影のようで、その薄暗い影の中に沢田はたった一人で佇んでいる
かのように獄寺には見えた。事実、彼は手を伸ばすことが出来なかった。沢田は両手で口
元を覆い、もう一度呟いた。
「当然の罰なんだ」
 手のひらはじわじわと顔面を侵蝕する。そうしてすっぽり覆われると、今度は血の気を
なくした唇がわずかに覗いた。
「山本は部下じゃない。友達なんだ。俺の友達だったんだ。俺は友達を疑ったんだ」
 獄寺は続けて、違う、と言った沢田が顔に爪を立てるのではないかと肝を冷やした。沢
田の指は折れ曲がり、柔らかく頬や額に食い込む。しかし沢田はその手をゆっくりと下ろ
し。
「違う」
 と、こんどははっきりと言った。
「もっと冷静に考えれば分かる話だった。あのリボーンがロボットだったとして、俺たち
に隠れて山本が操作なんか出来た筈がない。もしあれがロボットでなかったとしたら、そ
れこそ山本の埒外だ。そうだ。俺は怯えてただけなんだ。十年前みたいに。ただ怖くて、
恐怖の正体が見えないのに耐えられなくて、だから…」
「十代目」
 獄寺は静かに叫び、沢田の両手を握りしめた。
「俺もです」
 沢田が顔を上げる。目の下の隈がくっきりと見える。獄寺は首を振った。
「俺も疑ったんです。一緒に、疑ったんです」
 今度は沢田が首を振った。強く、何度も横に振った。
「それでも山本は俺をかばったんだ。山本、笑ったんだよ、俺に」
 獄寺は一歩近づく。沢田は一歩後じさり、壁に背中を押しつける。
 俺には怖がる資格はない。殺されるかもしれないって、怖がる資格も。山本が死ぬかも
しれないなんて、怖がる資格も。次は君が俺をかばうんだろうって、怖がる資格も。
「俺はボスなのに」
「十代目」
 沢田はいっそう壁に背中を押しつける。獄寺は更に一歩、沢田に近づいた。二人の間に
ほとんど隙間はなく、息づかいも、その鼻にかかるほどだった。
「離れろ…」
「十代目…」
「俺は怖がる資格も、勿論君に甘える資格もない。まして怯えたり、赦してもらおうなん
て…」
「十代目……!」
「…おい、お前ら」
 低く落ち着いた声が、しかし完全に呆れかえって発せられ、二人を振り向かせた。
 シャマルがドアにもたれかかり、溜息をついている。
「入れ」
「山本は…」
「自分の目で見ろ」
 沢田は背筋を伸ばし、しっかりと床を踏んで歩いた。男に触ってさも不愉快だという顔
を隠さない医者の横を通り過ぎ、部屋の中に入る。
「ツナ…」
 掠れた声が沢田を呼んだ。
「山本」
 関節に妙な力がかかる。しかし沢田は歩みを止めず、ベッドに横たわる山本の枕元まで
やって来た。獄寺も黙ってそれに続く。
 山本が眉尻を下げ、深く息を吐いた。
「よかった…無事で…」
「どこを撃たれた」
 いたわりの言葉より、さも当然の問いを口にするように沢田は言う。
「背中。肩。悪いな、顔を汚した」
「山本は俺を助けてくれた」
「………」
 山本は微笑み、痛みに顔を歪めた。
「わりぃ…ちょっとだけ、寝る……」
「ああ」
「…ツナ」
 苦しげに眉を寄せ、喉を掠れさせながら山本は言った。
「リボーンは、お前の誕生日を祝うって言ったんだ。だから、俺は手伝った」
「……そうか」
 扉の外ではシャマルがウォッカの小瓶を弄んでいた。
「ドクター・シャマル…」
「分かってら。俺とて、目の前で人に死なれちゃ後生が悪い」
「安心しろ。今夜中に決着をつける」
「そんな顔でか?」
 凍りついたガラスに映る沢田の顔は歪んでいた。後ろに付き従う獄寺にも見えなかった。
ただシャマルだけが、目の縁を赤くし涙を堪えているその顔を見たのだった。



何を赦して欲しいのかさえ

分からないけど涙が出そうだ





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